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      思い出してごらん 哀惜さえも苦くはない
      昔日の悲しみも 君が嘆く時は 微笑みかける
      いとも暗い夕べの思い出もまた明るい

        『思い出のこころよさ』マンデス

 

第三章

一 門出


 宇宙歴七九六年一〇月、敗戦の苦渋をなめて帝国領侵攻作戦およびアムリッツァ星域会戦は終結した。 
 戦死および行方不明者、概算二〇〇〇万。アスターテの比どころではない。
 最高評議会のメンバーは全員辞表を提出し、(とは言っても、反戦派としての見識を買われあのトリューニヒトが暫定政権首班の座に着くことになってもいたが)軍部もシトレ・ロボス両元帥が供に辞職した。
 空席を埋めたのは、統合作戦本部長の座に就きそれにともなって中将から大将に昇進したクブルスリー、そして宇宙艦隊司令長官に就任し同じく大将に昇進したビュコックである。ビュコックに関しては宿将が宿将たるに相応しい地位に就いたわけで、軍の内外に好評を博した。
 それとは別に、死闘の渦中にありながら過半数の生存を保たせた第十三艦隊率いるヤンの処遇だけはすぐには決定しなかった。が、これも彼が三週間という長期休暇をとっての旅行から帰ると、イゼルローン要塞司令官・兼・駐留艦隊司令官・兼・同盟軍最高幕僚会議委員という身分を用意されており、階級も大将に昇進を言い渡され落ち着いた。

「お義父さん、宇宙艦隊司令長官就任おめでとう」
「そういうお前も少将閣下だな」
 義父がその身に相応しい地位に就いたと同時に、その娘も功績に相応しく昇進を果たした。若干二〇歳で少将とはおそらく前例のないことなのだろうが、少なくとも最前線に立つ者達からはこの人事に対しての苦情は出なかった。
 数々の悪意ある噂は飛び交うものの、ヘネラリーフェが後方の安全な所でふんぞりかえっていた或いは震えていたなどとはあろう筈もなく、前線に出撃している者達ならそんなことはその目ではっきりと目撃していることなのである。
 ともあれ、ヘネラリーフェは第十三艦隊にとって、そしてヤンにとって既に左腕(右腕でないところがミソ?)くらいの存在になっていた。
 昇進を果たしはしても第十三艦隊がイゼルローン要塞に配属になったわけだから、ヘネラリーフェも当然イゼルローンに赴くことになる。ただでさえ最前線に赴く娘に心休まる時もないビュコックであるが、ことにイゼルローンは前線中の前線であり、さらに一度赴任すればおいそれとハイネセンに戻ってはこれないだろうことを考えると、昇進は喜べても胸中は寂しさと娘の身を案ずる気持ちとで複雑であった。
「気を付けてな。あまり無謀なことをするんじゃないぞ」
 旅立つ娘の身を案じるその姿は、同盟一の宿将とはいえ世の父親となんら変わるところはない。ヘネラリーフェの方も義父の心がわかるから、いつも出撃するときのように笑顔でというわけにはいかなかったようである。それに世間一般的に見れば、両親はそれなりに高齢なのである。宇宙艦隊司令長官という地位は義父にとって重責でもあるのだ。そんな義父を近くで支えてやれないということに不安を感じない筈はない。
「お義父さんもあまり無理しないでね」
 涙こそ見せはしなかったものの、ヘネラリーフェとビュコックは互いの無事を祈りつつ万感の想いを抱きながら強く抱き合い別れた。

 少将に昇進したと同時に、ヘネラリーフェは分艦隊司令官職に就任していた。つまり、彼女は旗艦を与えられたのである。
 シャトルから降り立つと、旗艦『ニュクス』の乗員からの一斉の敬礼で迎え入れられる。艦の命名者はビュコック。夜の女神の名であり己の軍人としての愛称であるそれには、最前線に立ち続ける娘への父親からの労いと賞賛が込められており、ヘネラリーフェは心の中でそんな義父に感謝した。
 やはり自分の艦を与えられるということには一種感慨にも似た気持ちを抱くものなのだろう。
(私の艦なんだ)
 艦橋までの道のり、艦内を見回しながらヘネラリーフェはそんなことを考えたりしていた。それは艦橋に立ったときには尚更で、先程の義父との別れに消沈していた想いとはまた別なところで心が高揚していく。
 発進準備が整ったとの副官の報告にヘネラリーフェは旗艦では初めてとなる命令を凛とした声で放った。
「全艦発進!」
 こうして第十三艦隊はイゼルローン要塞へと旅立っていったのである。

 イゼルローン要塞に就任したと言っても特に目新しい出会い或いは再会があるわけでもない。それでも、新たに十三艦隊に配属になったアッテンボローとの再会はやはり喜ばしいものであった。
「俺がいない間にもう少将閣下か。完全に追いつかれたな」
 恨めしさも羨望も感じられない、本心からの賞賛の言葉をヘネラリーフェは素直に受け取ることができたのだが、これにはアッテンボローの人柄がよく現れているとも言えるだろう。
「まだまだ未熟者なんですけど。支えてもらってますから、皆さんに」
「随分と殊勝な性格になったものだな。ま、これからは同僚だ。よろしくな」
「こちらこそ」
 差し出された手を強く握り返す。数年前、勢いに任せてヘネラリーフェに愛を告白して以来、アッテンボローの気持ちはこの時点でもまったく変わってはいない。
 階級も同じ少将、そしてやはり彼女と同様に分艦隊司令官としてヘネラリーフェの近くにいられるということを幸運に思える気持ちと、逆に諦めきれなくなるのではという恐れにも似た相反する気持ちをなんとか平静の表情の下に押し込めて、アッテンボローは笑顔を見せた。
 再会を喜ぶ二人とはまったく違ったところでもうひとり、こちらは初めての出逢いに緊張を高ぶらせている人物がいた。ユリアン=ミンツ、ヤン=ウェンリーの非保護者であり、今回のヤンの移動にともない兵長待遇軍属という身分を与えられイゼルローンに赴任したのである。
 初めましてという挨拶を何度となく繰り返しながら、自分が思い上がった態度をとればヤン提督が悪く言われるのだからと、とにかく丁寧にと心掛ける一日であったようである。
 そもそも第十三艦隊にはとかく癖のある人間が多すぎる。シェーンコップや空戦隊のポプラン、そしてアッテンボローもそのひとりだろう。そんな出逢いばかりがいきなり降りかかれば、ユリアンでなくても気を使うというものである。
 加えればヘネラリーフェも当然そういった人間のひとりになる筈である。そして、ユリアンとヘネラリーフェは顔を合わせたのであった。

 

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