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虜囚
 

 小雨の降る中、ヘネラリーフェは薄い部屋着姿のまま裸足で歩いていた。いや、本人にすれば気持的には走っているつもりなのだが、結果的には重い躯と不自由な足を無理矢理引きずっている状況である。
"もう、嫌だ"
 ロイエンタールに力ずくで押さえつけられる日々に、もう一秒だって耐えられそうになかった。
 蹂躙されつくされることにではない。そうされることで、ロイエンタールに溺れそうになる自分が怖いのだ。
 このままでは、意地も張りも、果ては自尊心までもが根刮ぎ奪われてしまいそうで、ただ逃げなければと思い、そして彼女はそうしたのだった。このままでは、遅かれ早かれ心を引き裂かれると……
 外は雨。広大な屋敷の大勢の使用人達の目を掠めて、ヘネラリーフェは捕虜になって以来初めて『外』に出た。
 雨は容赦なく琥珀色の髪と、そして未だ傷ついたままの白皙の肌を濡らしていく。雨の冷たさに傷の痛みが蘇り、自然足取りが鈍った。
 不意に彼女の足が止まる。
「どこに行こう……」
 逃げ出したは良いが行くあてのないことに、ようやく思い至ったのだ。
 帝国には、もはや彼女の肉親はいない。いや、まったくいないというのは語弊になるだろう。遠い縁者の類なら今でも健在かもしれない。が、今のヘネラリーフェが頼れるだろう人間は、彼女が存在するこの灰色の雲の垂れ込める世界にはどこにもいないのだ。
 先の見えない逃避行に気力が萎え、彼女は座り込みたくなる衝動に駆られそうになった。
「駄目よ、こんな所で座り込んだりしたら……」
 ここで座り込んでしまったら、もう二度と立てなくなってしまうかもしれない。
 ロイエンタールが帰宅しヘネラリーフェが逃げたことに気付けば、きっとどんなことをしても連れ戻そうとするに違いないだろう。捕まれば、またどんな容赦ない仕打ちを受けるか、想像しただけで躯に震えが走る。
 今はとにかく、少しでもあの男の屋敷から遠ざかることだけを考えるべきなのだ。どこへ行くかは、彼から完全に逃げおおせてから考えれば良い。
 そう思い直し、力の入らぬ足をただ前に出す作業に専念していたその時、背後から近づく車のエンジン音に気付いた。
 ハッと振り返るより早く、車がヘネラリーフェの行く手を阻むように彼女の前に回り込んで止まる。
 ガラス越しに見えた男の端正な顔に、ヘネラリーフェの膝からはガクガクと力が抜けていった。全身から血の気が引いて冷たくなっていくのが、自分でもわかる。
「いや……いや、来ないで……」
 雨に濡れる地面に座り込み、自らの腕で自らの肢体を抱きしめるようにしながら、ヘネラリーフェは怯えたような声で首を振りながら呟いた。
 車のドアの開く音に続いて、軍靴の踵の鳴る音、そして人の気配……ヘネラリーフェの前に、威圧的ともとれる雰囲気を纏った長身の男が立ち塞がる。
 恐る恐る上目使いに見やると、冷ややかな眼差しで見下ろしてくる希有な金銀妖瞳と視線がぶつかった。思わず青緑色の瞳を反らす。
 怖いのか、それとも寒いのか……目の前の男に自分の弱々しい姿など見せたくはないのに、意志に反してヘネラリーフェの華奢な躯が小刻みに震えだした。
「何を怯えている? こうなることを覚悟の上での行動だったのだろう?」
 低い、嘲笑を含んだ男の声がヘネラリーフェに突き刺さる。返す言葉もないとは、まさしくこのことだ。ヘネラリーフェは、ギュっと口唇を噛んだ。
 ロイエンタールが片膝を付きつつ屈み、ヘネラリーフェの頤をその優美な指で捉え強引に上向かせた。
「お前は、まだ自分の立場かわかっていないようだな」
 雨に濡れて艶が増したダークブラウンの髪から雨の滴がこぼれ落ちる。いつもはキッチリと整えられている前髪が乱れて額に落ちかかるその姿は、男だというのに壮絶な色香を漂わせていた。
「・・・・・」
 彼の手を振り解こうともせず、いや出来ず、ヘネラリーフェはぼんやりとロイエンタールを見つめることしかできなかった。その青緑色の瞳からは生気が失せ、まるで人形のガラスの瞳のようである。
 彼女は動かないのではなかった。動けないのである。空の蒼と宙の黒……希有な二色の瞳に見つめられると、相手が憎むべき相手だとわかっていても、まるで魔法にかかったかのように微動だにできなくなるのだ。
「さて、今日はどのように楽しませてもらおうかな」
 青ざめた頬と可憐な口唇を指でひと撫ですると、ロイエンタールは濡れそぼってすっかり冷え切ったヘネラリーフェを軽々と抱き上げ、車へと運ぶ。
 冷ややかな嘲笑を含んだ声色で耳元に囁きかけられた言葉が、この先彼女に与えられるだろう凄惨な責めを思い起こさせ、ヘネラリーフェはロイエンタールの腕の中で身を強ばらせた。
「いや・・・・離して・・・」
 拒絶の言葉が零れ、身を捩らせる。が、藻掻こうにも力という力が抜け落ちてしまったかのように、ヘネラリーフェの躯は本人の意思に逆らって指一本自由にならない有様だった。
「大人しくしていろ」
 端的にそれだけ言うと、ロイエンタールはヘネラリーフェを抱いたまま車の後部座席におさまり、そこから端末を操作して自動運転に切り替えスタートさせる。
 これで、逃げるチャンスは完全に閉ざされた。その事実が、これまでに経験のないほどの恐怖を彼女に与え、それが彼女を半ばパニックに落とし込んだ。
「嫌、離して!!」
 呪縛を断ち切ってヘネラリーフェが暴れ出す。車が既に走り出していることも気にならない様子で、ドアに手をかけ開けようとする細い手首を、咄嗟の所でロイエンタールが掴んで止めた。
「もう一度、その身体に教え込んだ方が良さそうだな」
 掴んだ手を強く引き寄せヘネラリーフェの躯を抱き竦めると、毒を吹き込む。
「逆らうなとあれほど言ったにもかかわらず、今度は逃げ出しおって……」
 片腕で華奢な肢体を強く抱き竦めて動きを封じると、もう片方の手で彼女の頤を掴み強引に上向かせる。
「今度こそは正気を保てなくなるかもしれんな……覚悟しておくことだ」
 クツクツと笑いながら、ロイエンタールはヘネラリーフェの可憐な口唇に己のそれを重ねた。
 逃れようと顔を背けたが、それは逆にロイエンタールの嗜虐性に火を点けることにしかならなかったようだ。頤を掴む彼の指に力が込められる。
「う……」
 ロイエンタールは、その舌先で強引に彼女の中に押し入り、歯列を割り、舌を捕らえ、絡め、強く吸い、まるでねじ伏せるように激しく口中を蹂躙した。
 息苦しさに、ヘネラリーフェの閉じられた眦から涙が一筋零れ落ちる。だが、その涙に感銘を受けることもなく、ロイエンタールは屋敷に到着するまでの数分間、彼女の口唇を乱暴に犯し続けたのだった。

§§§

 ロイエンタールの私邸の玄関前に車が滑り込んだ時、ヘネラリーフェは口付けの余韻からか青緑色の双眸を涙で潤ませ、華奢なその躯をグッタリと彼の腕に預けていた。
 そんな彼女を抱き上げ屋敷内へ入ると、ヘネラリーフェの姿が見えなくなってから心配し通しだったのだろう執事が喜色を浮かべて飛び出してきたが、ロイエンタールはそんな執事に何事かを二三言囁いただけで、直ぐに階上の私室へと向かう。
 部屋に入ると居間をすり抜けて寝室へ入り、そこでヘネラリーフェの躯を毛足の長い絨毯の敷かれた床の上に降ろした。
 長時間雨に洗われた躯はすっかり冷え切り、ともすれば感覚さえ失ってしまったかのようである。暫く無言で、床に座ったまま微動だにしないヘネラリーフェを凝視していたロイエンタールだったが、ふと彼女の細い肩が微かに震えていることに気付いた。
「寒いのか?」
 放たれた言葉からは、だが特に感情の色は感じられない。
 おずおずと顔を上げたヘネラリーフェの瞳と蒼と黒の色違いの視線が絡んだその時、不意にその端麗な口元に微妙な笑みが浮かんだ。
「!?」
 軍人としての鋭敏な勘からか、その冷酷な笑みから危険を察知したヘネラリーフェは後ずさろうとして、だがまるで蛇に射竦められたかのように動くことはできなかった。
 動けないまま震え続ける脆弱な彼女に、端麗な口元が一言端的に告げる。
「脱げ」と……
「・・・・・」
 頸を横に振りながら、無意識な指が言葉を拒むように自らの着衣の胸元をしっかりと掴む。
「聞こえなかったか? 俺は脱げと言ったんだ」
 容赦のない言葉が再びヘネラリーフェに浴びせかけられる。拒否の許されないその声音に、彼女は諦めたかのようにガックリと躯から力を抜いた。
 逆らえる筈などないのだ。ロイエンタールにとって、ヘネラリーフェを力づくでねじ伏せることなど朝飯前に違いない。にもかかわらず、こうして敢えて命じてヘネラリーフェに自ら矜持と自尊心を捨てさせロイエンタールの前で躯を開かせようとしているのだ。その残虐さに目の前が真っ暗になった。
「お望みなら、無理矢理引き裂いてやろうか?」
 その言葉が決定打だった。形はどうあれロイエンタールに無理矢理辱められることに違いはないのだ。自分から脱ぐか無理矢理脱がされるか……この際、どちらでもそう変わりはないように思われたが、それでもヘネラリーフェはなけなしの自尊心を奮い立たせてヨロヨロと立ち上がると、細い指を着衣に掛けた。
 微かな衣擦れの音が響き、薄暗い室内に白い肢体が淡い輝きを伴って浮かび上がる。
 屈辱感からか、それとも羞恥なのか、ヘネラリーフェは薄紅色の口唇をぎゅっと噛み締めながら、俯き加減でロイエンタールの前に佇んでいた。
 戦闘で負った傷こそまだ消えてはいないが、シミひとつない肌は益々透明感が増したようで、尚一層白く滑らかだ。
 金銀妖瞳の前に惜しげもなく晒された美しい裸体に満足気に目を細めると、ロイエンタールは再び一言端的に命じた。
「俯せに横になれ」
 咄嗟に顔を上げたヘネラリーフェの青緑色の瞳に憎悪の炎が揺らめく。が、それも一瞬のことで、彼女は長い睫毛を伏せると彼の言う通りにベッドの上に俯せに横になった。
 それを見届けてから、ロイエンタールは椅子から立ち上がりベッドの脇まで移動する。彼の気配にヘネラリーフェは、枕に顔を埋め口唇を強く噛み締めながらシーツをギュッと掴んだ。それは例えどれほど愛欲に溺れさせられようとも、決して心は明け渡さないという頑なな意思表示にも見えて……
 ロイエンタールは、だが彼女のそんな心中などお見通しのようである。
「どこまで保つことやら」
 彼女の背中に嘲笑を浴びせながら自らの着衣を脱ぎ捨てると、彼は背後からヘネラリーフェにのし掛かった。
「二度と逃げようなどとは考えられないようにしてやる」
 その躯に刻み込んでやろう……お前の躯は俺を受け入れる為にあるのだということを。そして、どれほど拒絶しようとも躯が俺を忘れられなくなるよう、その躯に教え込んでやる。
「俺なしでは生きられなくしてやる」
 凄惨な言葉を熱い吐息と共にヘネラリーフェの耳元に吹き込むと、彼は優美な指でツツっと無防備に晒されている彼女の白い背中をなぞった。
 瞬間、幾度となく彼に抱かれ彼の手管に従順に反応するように作り替えられた敏感な肌がビクリと跳ね上がる。
 ロイエンタールはそこを逃さず、更に無防備になったヘネラリーフェの腰を掴んで引き上げ膝を立てさせた。
「!?」
 彼女が咄嗟に腰を引こうとするより早く、ロイエンタールの膝が彼女のそこを割って入り込み左右に押し広げる。
「嫌!!」
 鋭く叫ぶ彼女の声などまるで耳に入らないような様子で、彼は獣の体勢を取らされたヘネラリーフェの、まだ何の準備も施されていない秘所に己の凶器を突き立てた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 可憐な口唇から、耐えきれず絶叫が迸った。いくら女の躯が男を受け止められるように作られているとは言え、前戯もなしに欲望を突き立てられたのでは堪らない。
「う………いた……い…………やめ…て……」
 浅い呼吸をすることで痛みを無意識にやり過ごそうとするヘネラリーフェの口から息も絶え絶えな言葉が零れ落ちる。
「痛いか? 確かに少々キツイな」
(これでは動けぬな)
 そう考えて眉を潜めると、ロイエンタールはヘネラリーフェの肩に手を掛けて彼女の上体を引き起こそうとした。
「やっ!」
 尚も拒絶の言葉を放ちながらも、だが力では適わないヘネラリーフェは、ロイエンタールに貫かれたまま、同じく上体を起こしてベッドの上に座った彼の膝の上に座らされ背後から抱き竦められた。
 そうされたことで、自らの重みでロイエンタール自身を更に奥へと迎え入れることになった彼女が苦痛に呻く。
「お願い、やめて……」
「まだ始まったばかりだぞ」
 背後から廻ったロイエンタールの優美な指がヘネラリーフェの口唇に差し出された。
「舐めろ。しっかり濡らせ、お前自身の為にな」
 躊躇いがちにピンク色の舌を伸ばし、子猫がミルクを舐め取るように濡れた音を響かせながら丹念に舌を這わせる。
 十分に濡れた所で、ロイエンタールはヘネラリーフェの膝の裏側に腕を差し入れ膝を立てさせると、そのまま強引に左右に足を大きく開かせた。
「嫌ぁ!!」
 あまりに恥辱的な姿勢を取らされたことで、彼女の悲鳴が鳴き声に変わる。腕を突っぱねて彼の腕から逃れようと藻掻くが、後ろからしっかりと抱きかかえられている身では、それは徒労にしかならなかった。
「なかなか良い格好だな、同盟軍少将閣下」
 わざと羞恥を煽る体位と言葉でヘネラリーフェを辱めるつもりなのだろうか……やがてロイエンタールの指が彼女の大きく開かれた足の奥の花弁にかけられ、そして押し開いた。
「・・・・・」
 声を出すこともできず、ヘネラリーフェはただ耐えるように顔を背け口唇を噛み締める。
 花弁の奥の、女の躯の中で最も敏感で感じやすい突起を探ると、ロイエンタールはそこにヘネラリーフェ自身の唾液に濡れた指を這わせた。
「ひっ!?」
 引きつった嬌声が上がった。苦痛が快感にすり替わる。
「あ……あん…はぁ………う…ん……」
 ヘネラリーフェの口唇から切なげな喘ぎ声が零れ落ち始めた。膝が戦慄き、同時に腰が妖しく揺れる。
 ロイエンタールを呑み込んでいた内側が熱く潤み、凶器でしかなかった彼の剣が徐々に馴染んでくる。
「良い具合にとろけてきたぞ」
 ロイエンタールの腕がヘネラリーフェの腰を掴んで上に持ち上げ、ギリギリの所まで自身を引き抜くと、今度はそのまま一息に奥まで刺し貫いた。
「あうっ!!」
 衝撃に華奢な躯が大きく仰け反り、頭をロイエンタールの肩に凭れさせてくる。彼は露わになった白い項に舌を這わせ、歯を立てた。
 再び指を花弁の奥に這わせると、ロイエンタールを受け入れた秘所から溢れ出した蜜で、そこはしっとりと濡れている。濡れた指先で突起を摘み強弱をつけて擦り上げると、可憐な口唇から啜り泣くような声が漏れた。
「あ……もう…やめ………あ……ん………」
 拒絶の言葉を吐きながらも、その声は徐々に艶を増していく。
「嫌ならやめてやろうか?」
 含み笑いの声で囁かれたと思ったと同時に、秘所を這う指が離れた。
「あ……や………」
 無意識に、まるで強請るように腰が揺れた。
「どうした? やめて欲しかったのだろう?」
 閉じられていた青緑色の瞳がうっすらと開かれ涙で潤んだ瞳がロイエンタールを見つめてくる。口唇が戦慄いた。
「なんだ? 言いたいことがあるなら、ハッキリと言え」
 もっとも、わざわざ言うまでのこともないだろうが……躯が正直に反応している現実がある限り、ヘネラリーフェの精神の陥落は時間の問題なのだ。そして、それはもはや眼前に迫っていた。
「やめ……な…いで………お…ねが………もっ…と……」
 陥落を伝える言葉が途切れ途切れに零れ落ちる。
 自尊心などもうどうでも良かった。とにかく、今はただロイエンタールの手管に酔いたかった。欲望を口にし、強請るように腕を背後のロイエンタールに回す。
「リクエストとあらば」
 容赦のない指が、再びヘネラリーフェのそこを割り開き、緩急をつけて愛撫を施す。そうしながら、下から彼女を突き上げた。
「あぁっ!!」
 二カ所を同時に責められる快感に、彼女の理性が吹き飛ぶ。
 何度も突き上げられる度に白い肢体を大きく仰け反らせ、喘ぎ、後ろ抱きにされたままあられもなく足を大きく開き、ロイエンタールを貪欲に呑み込み、腰をくねらせ、琥珀色の髪を振り乱し……慣らされた躯は墜ちるのが早い。もはや、ヘネラリーフェの躯は完全に快楽に支配されていた。
「はぁ……あ…あん………」
 何も考えられなくなっていた。羞恥などとうの昔に捨て去り、今はただ与えられる快感に溺れていたいと願うヘネラリーフェからは、もはや誇り高さも意地も矜持も、そして自尊心さえも根刮ぎ奪い去られていたに違いない。
 ロイエンタールは彼女を再び俯せに組み敷くと、腰だけを高く掲げさせて激しい抽送を繰り返した。
「い、嫌ぁ……」
 屈辱的な獣の体勢を取らされたことで理性が蘇ったようだ。枕に顔を埋めたヘネラリーフェの口元から再び拒絶の言葉が発せられた。
 だが、躯は無意識に快感を得ようとする。彼女は足を開き高く掲げた腰を振った。恐らく、自分が何をしているのか、どれほどあられもない姿を晒しているのか、まったくわかっていないに違いない。快楽に支配された彼女は、もはや思考を閉じ、考えることを放棄したに等しいのだから。
「や……い…く………いっ…ちゃう……あ…あぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
 細く長く響く悲痛な、だが甘さを含んだ嬌声があがり、絶頂を迎えたヘネラリーフェの中の締め付けが一層強まる。促されるようにして、ロイエンタールは白濁した欲望をヘネラリーフェの躯の最奥へと注ぎ込んだ。
 間髪を入れず、脱力したかのようにベッドに崩れ落ち荒い息を吐いているヘネラリーフェの肢体を仰向けて再びのし掛かった。
 細い腕がロイエンタールの背に回され、同時に足が彼の腰を挟み込むように絡みついてくる。彼の思惑通り、もはやヘネラリーフェの躯はロイエンタールなしではいられなくなっていた。
「ご所望とあらば」
 クスリと忍び笑いを漏らしながら、ロイエンタールは再びヘネラリーフェを貫くと、仰け反って浮き上がった腰を掴み、激しく揺さぶる。
 口付けを強請るように薄く開けられた濡れた薄紅色の口唇から舌をスルリと忍び込ませると、甘い舌が待っていましたと言わんばかりに絡みついてきた。
 あとはもうただ熱を孕んだ激情に流されるばかりの刻……隠微な責めは、ヘネラリーフェが泣いて許しを請いその意識を手放すまで、様々に体位を変えながら続けられたのだった。

§§§

 ロイエンタールが離れるのと、彼女がベッドに崩れ落ちるのはほぼ同時だった。意識を手放した華奢な躯が、鮮やかな情痕の残る白い裸体を惜しげもなく晒しながらベッドの上にグッタリと投げ出されている。
 憔悴しきった彼女の頬には涙の跡が一筋残っていた。それを見るうちに何か居たたまれないような気持になり、ロイエンタールは眠る彼女の枕辺に腰を降ろすと先程までの残虐さとはうってかわった優しい指使いで彼女の乱れた琥珀色の柔らかな髪を掻き上げ、頬に柔らかな口付けをひとつ落とす。
 やはり抱くべきではなかったのかもしれない……ロイエンタールはふとそう思った。自分でも説明のつけられない苛つきと戸惑いを、ただ彼女にぶつけるが如く蹂躙してきた。そうすることでしか、この気持を沈めることができなくて……本当にもうどうすれば良いのかわからないのだ。
 だが、その時はそれで済んでも、疲れ果て憔悴しきったヘネラリーフェを見ていると、後から後から後悔の念が湧いてきてしまう。抱いても抱かなくても、きっとこの訳の分からない想いを宥めることなどできやしないのだ。衝動では解決できないのだ。自分で自分自身の心を冷静に見つめられるようにならなければ、恐らく生涯答えは出ない。
 目覚めた時の反応が気になるものの、このままにしておくのも可愛そうだと思いついたロイエンタールは、痛々しいほどの情痕が残るヘネラリーフェの躯を抱き上げるとバスルームに運び込んだ。
 湯を満々と湛えたバスタブにそっと横たえてやり、躯を清めてやる。余程疲れ切っているのだろう、そうされてもヘネラリーフェが目覚める気配はなかった。
 湯から上げて簡単に水滴を拭うとベッドルームから持ってきた毛布で包んでやり、自分自身も簡単に身を清めるとガウンを羽織って、私室の居間の暖炉の前に彼女を膝の上に抱いた状態で腰を降ろした。
 暖炉の火がパチパチと乾いた音を立てながら、周囲を柔らかいオレンジ色で包み込む。そこには、優しい安寧感しか漂っていなかった。
 相変わらずヘネラリーフェは目覚める気配を見せないまま、だが先刻まで荒かった呼吸は今は安らかな寝息に変化を遂げている。
 このまま……このまま刻が止まってくれればと、ロイエンタールは思った。そうすれば、ヘネラリーフェの深く澄んだ青緑色の双眸に憎しみの炎が揺らめくこともなく、ただただ安心しきった表情でロイエンタールにその身を委ねてくれることだろう。
 ただ穏やかに眠り続けていてくれれば、逃げようなどと考えることもない。
 顔を近づけると、甘い吐息がロイエンタールの鼻孔を擽った。嬉しいようなそうでないような複雑な感覚を覚えつつふと動かした視線の先に、毛布の端から見え隠れする綺麗に整えられた爪先が見える。
 そっと毛布を捲ると、美しい脚線美が露わになった。だが、その白い肌には対ガイエスブルグ戦で負った傷痕が生々しく残っている。神経断裂だったそれは、ヘネラリーフェの動きを数ヶ月に渡って封じ込めた。動けなければ逆に逃げることも考えない。
 そう、あの数ヶ月、確かにヘネラリーフェはロイエンタールに蹂躙されつくされながらも、逃げることさえできなかったのだ。
「歩けなければ……」
 歩けなければ、逃げることはできない。そして、考えない。ほんの一瞬、ロイエンタールの脳裏に危険な誘惑の声が響いた。
「莫迦なことを……」
 そうまでして彼女の行動を封じたとしても、心は益々離れていってしまうだけだ。
 だが、そう思ってその考えを払拭しようとすればするほど、先程の誘惑が甘美さを伴ってロイエンタールを苛む。
 危険な誘惑に必死に抗おうとする男の震える指先が、眠る女の足の踝をなぞった。
「う……ん………」
 指の感触にヘネラリーフェが吐息を漏らしながら微かに身じろぎする。
 ビクリと指を離したロイエンタールの眼前で、長い琥珀色の睫毛が微かに震え、瞳がゆっくりと開けられた。
 眼前には蒼と黒の色違いの双眸。ヘネラリーフェの華奢な肢体が微かに震えた。
 先程までの甘美さを伴う残虐な責めに、無意識に躯が戦慄いたのだ。一瞬逃げを打ちかけ、だが意志に反して重い躯はまったく機能を果たさなかった。
 柔らかな空気が一変する。ヘネラリーフェの一瞬の逃げに、ロイエンタールの中の嗜虐性が頭を擡げたのだ。結局、彼は狩りを好む猛禽でしかなかった。怯えて逃げまどう獲物を、ジワジワと追いつめることにより快感を覚えてしまうのだ。
「じっとしていろ」
 掠れた低い声で彼女の耳元に囁くと、ロイエンタールは手近にあったグラスを床に叩きつけて割り、薄い最上級のクリスタルの欠片をその美しい手に握り込んだ。
 膝からヘネラリーフェを降ろしその躯を床に俯せに横たえると毛布をはぎ取り、彼女の右足の爪先に口付けをひとつ落とすと、強く押さえ込んだ。
「な、なに?」
 状況がまったく把握できずに、ヘネラリーフェの口から狼狽えたような声が漏れる。その声は、散々泣き叫んだ名残で掠れていた。
 肌を晒す恥辱感よりも、ロイエンタールの纏う鬼気迫る形相が余程心に影を落とす。踝に堅くヒンヤリとした感触を受け、ヘネラリーフェの肢体がビクリと跳ねた。
「やめて!!おねがい……やめ…て………や…嫌ぁ……」
 何をするか悟ったのだろう、怯えたような声で懇願するヘネラリーフェの言葉に耳を貸すことなく、ロイエンタールが指を動かす。その瞬間、バシンと体内で何かが弾ける音がしたような気がした。と、同時に右足首を鋭い激痛が貫き、恐らく鮮血なのだろう生暖かい感触が足を伝った。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ……あぅ…ぅ……」
 悲痛な絶叫が暖炉の火の色に暖かく染められた部屋に響き渡った。
「逃げようとした罰だ」
 痛みとショックで意識が遠のく中、ロイエンタールの声がボンヤリと聞こえてくる。霞む目で声の方を見やると、言葉とは裏腹に、まるで傷ついた少年のような表情のロイエンタールと視線がぶつかった。
 目を反らさないまま、彼の優美な指がヘネラリーフェに伸ばされ、髪を撫で、額から瞼、瞼から鼻梁、頬、そして口唇をそっとなぞっていく。
「これでもう、お前はどこにも行けない」
 どこかうっとりとしたような口調で言うロイエンタールに、ヘネラリーフェは内心で語りかけた。
(莫迦な人……こんなことをしても、傷はいつかは治るのよ)
 束縛する為に躊躇いもせず、そして手段も選ばないロイエンタールが心底恐ろしく思える。だが、それ以上に可愛そうだ。こんなことをしなくても、ヘネラリーフェの存在を己の傍に縫い止めておく手段はいくらでもあるだろうに。なのに、彼はそれに気付かない。
 だが、そこでヘネラリーフェはふと思った。傷ついた躯は治せば良い。では、傷ついた心は? と……そして、ここに至ってようやく、彼女は自分とロイエンタールが非常に似通った存在であることに気付いたのである。
 傷つくことを恐れ、傷付けられてもその傷を治そうともせず、ひたすら押し隠しながら生きるその裏で、その傷口から絶えず血を流し続ける。そう、二人は痛みに怯える臆病者なのだ。そのくせ、縋る腕は欲しいとくる。だからロイエンタールは無意識のうちに人肌を求め、女体を抱くのだろう。
 そして、その行為にはヘネラリーフェにも覚えがあった。彼女もまた、彼と同じように人肌の温もりを求め、愛してもいない男に身を任せたことがあったから。そしてそれは今も同じだ。
 どうして、ここまで手酷く扱われているのに、ロイエンタールを憎みきることができないのか……それは結局『そこ』に行き着くのである。
(私とこの男は、同じモノなんだ)
 だから……認めたくはないが、だから惹かれる。そう、惹かれているのだ。よりによって、自分を蹂躙し続ける男に。
 愛してなどいない。だが拒絶もできない。ロイエンタールの縋り付くような目に見つめられると、躯中の力が抜けてしまうのだ。だが、それは所詮言い訳でしかない。結局、自分が離れ難いだけなのだ。そして、そんな自分の心の変化が怖くて、流される前に逃げ出そうとした。
 莫迦は自分だ。そんなことに今の今まで気付けなかったとは……ヘネラリーフェは自らで自らを嗤った。
 右足の激痛に、ヘネラリーフェが微かに呻いた。瞼がどんどん重くなっていく。
 震える睫毛を必死に上げ、ヘネラリーフェはロイエンタールのしなやかな手に自らのそれを伸ばした。
「!?」
 指に触れられる感触にロイエンタールがハッとしたように顔を上げる。思いもよらぬヘネラリーフェの行為に困惑を隠しきれないようだ。
「ばか……な…ひ………と……」 
 莫迦で不器用で、そして何よりも哀れな人……掠れた声を必死で絞り出す。
 こんなことをしなくても、人間誰しも心の琴線に響く何かがあれば、自然と惹き付けられるものだ。そして、多分それは既に始まっている。
 ヘネラリーフェが渾身の力を振り絞って華奢な腕で彼の手を引き寄せ、優美な指に触れるか触れないかくらいの密かな口付けを落とした。
 口唇の感触に、ロイエンタールの指がビクリと震える。ついし方まで激しく責め立てていた女からの慈愛溢れる行為に、彼の左右色違いの瞳が驚愕に見開かれた。
「言え……ば…良い………の…に……」
 何を? ロイエンタールの瞳が、困惑した想いを湛えて揺れる。
(まだ気付かないの?)
 ただ一言、素直な想いを口にすれば良いだけなのに。『行かないでくれ、此処にいてくれ』と、ただその一言で良いのに。
 そうしたら、きっと応えてあげられる。愛ではない。同情でもない。でもきっと、惹かれゆく心に正直になれる。傍にいてあげられる。
(仕方ないなぁ。もう少し付き合ってあげるわ)
 どのみち、この足では逃げられる筈もない。また、その気も失せた。逃げ出す度にこんな仕打ちをされていたのでは、如何にヘネラリーフェでも耐えられない。
(この期に及んで、まだそんな理屈を……)
 思わず笑いが込み上げてきた。いや、実際にはそんな体力は既に失われていたので、それはあくまでも心の中だけのことだったのだが。
 もう少し……もう少しだけ一緒にいてあげよう。そうすれば、見えなかったものが見えてくるかもしれない。ヘネラリーフェにも、そしてロイエンタールにも。
(私は貴方の虜……躯も、そして心も)
 青緑色の瞳が少しずつ虚ろになり、やがてスゥっと閉じられた。
「待っていろ、直ぐに医者を呼んでくる」
 自分で傷付けておきながら医者を呼んでくるとは、また滑稽な話だ。虚ろな意識の中でそんなことを考える。
 額に落とされた柔らかな口付けに、闇に呑まれる寸前の意識が応えようとした。最後にもう一度、気力を振り絞って開いた青緑色の双眸に映ったのは、困惑と不安を湛えながらも、だがどこか安堵の色を宿した、少年のような心を持つ男の希有な二色の瞳だった。
 ヘネラリーフェの大いなる優しさに触れ、彼が己の真実の心に気付く刻は、きっとすぐそこまで来ている。
                              

Fin
 

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*かいせつ*

「うっぎゃ~~~~~~~」なお話でございます(--;
前回の鬼畜ネタを更に上回る鬼畜エロ痛ストーリー、如何だったでしょうか?
って、これじゃあポルノじゃん!?(焦)
ごめんなさい、ごめんなさい、こんなの書いちゃって(..;)
これも愛情の裏返しなんです、ホント、信じて~~~~~~(><)
お話の時期は、ヘネラリーフェが捕虜になってすぐ、漸く傷が癒えてきた頃かなぁ。
でも、ダグラスを殺したのがロイエンタールだということは、まだ微塵も知らない頃でもあります。だから、あんなラスト(^^;)
ってことで、逃げます!! 
カミソリメールは平にご容赦を~~~(хх。)
であであ、ばいばいき~~ん(ToT)/~~~

 

2002/5/11 かくてる♪てぃすと 裏人格・紫乃拝

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