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第九章

二 恋に患う者


 蹄の音がかつては閑静な高級住宅街と言われた場所に高く響く。豪奢な佇まいを見せつけるその殆どは荒れ果てた空き家だった。
 艶やかな黒毛の馬に跨り、琥珀の髪とスカートの裾を靡かせる女が颯爽とそこを走り抜けていく。
 強い振動に肩の傷が悲鳴をあげる。それを意志の力で押しと留め、彼女は一心不乱に馬を走らせていた。
(一体何処へ?)
 後ろをやはり馬で追いかけながらミッターマイヤーは首を傾げた。元帥府に向かうとばかり思っていたヘネラリーフェが、方向はほぼ同じもののリップシュタット戦役以前泡沫の権力を欲しいままにしていた貴族が居た場所へと馬を走らせだしたのだ。
 それにしても馬を使うとは恐れ入った。しかも手綱裁きも見事な物である。前を走るヘネラリーフェのそれにミッターマイヤーは感嘆の声をあげた。
 目の前に開かれたままの錆び付いた、だが細やかな装飾を施した門扉が見え始めた。スピードを緩めることなくその内側に滑る込む。馬から飛び降りるとヘネラリーフェは気持ちの上では一目散に駆けだした。
 どこか哀愁を感じさせる荒れ果てた庭と屋敷。華麗で豪奢な中にもどこか暖かみを感じるそれにミッターマイヤーは感慨の目を向けると馬を降りた。
 ゆっくりとヘネラリーフェを追う。ここがどこなのか聞くまでもなかった。ヘネラリーフェの誰にも立ち入らせない背中にその答えを見つけたのだ。
 玄関を入るとそこは吹き抜けのホールだった。そこにヘネラリーフェが立ちつくしている。そして……ミッターマイヤーは『それ』に釘付けになった。
 壁一面に配した巨大な肖像画の中から、黒と銀を配した帝国軍の軍服を来た長身の男がミッターマイヤーを見下ろしていた。その男の傍らには琥珀色の長い髪に青緑色の瞳の色白のたおやかな女性が寄り添うようにして微笑んでいる。一瞬ヘネラリーフェかと思ったが、それが彼女の母グロリエッテなのだと思い直すのに時間はかからなかった。ということはこの男は……
 髪は漆黒の闇色。紫を帯びた蒼い……そう瑠璃色だ……優しさと強さを湛えたその瞳に吸い込まれそうになる。
「父よ」
 ヘネラリーフェの声にミッターマイヤーは我に返った。
「この人が……」
 これがあのブラウシュタット侯爵なのか……伝説的な名将でありヘネラリーフェの父である男の在りし日を思い起こさせるその肖像画からミッターマイヤーは暫し目を離せなかった。どうやらヘネラリーフェは母親似らしい。だが、恐らく内面は父親似なのだろうなとミッターマイヤーは肖像画を見るうちになんとなく納得した。漠然とした確信とも言える。強く優しい瑠璃色の瞳がヘネラリーフェの青緑色の双眸の輝きによく似ていたのだ。
「行くわよ」
 ボンヤリとするミッターマイヤーに突っ慳貪ながらも声をかけ、ヘネラリーフェは屋敷の奥へと進んでいく。どうやら彼が彼女を追うことを了承してくれたようだ。
 辿り着いた先は屋敷の最奥の部屋らしかった。だが豪華ながらもそれ以外には特別に何かあるとは思えない部屋でもある。そう考えるミッターマイヤーの目の前でヘネラリーフェは造り付けの書棚から一冊の本を取り出した。開けるとそれは本ではなく中は空洞だった。そこに銀の鍵が隠されている。
 それを取り出すと今度はデスクの引き出しをその鍵で開け、中からオルゴールを取り出した。さらにそのオルゴールから今度は金の鍵を取り出す。その鍵を持って彼女は書棚とは反対側の壁の前に立った。その壁に細かく施されている文様のひとつに鍵を差し込む。パッと見にはとても鍵穴とは思えない。
 呆然と見守るミッターマイヤーの目の前で壁が微かな振動と共に動き出し、目の前に下へと続く階段が現れた。それを降りたところに更に重厚な扉があり、その横に計算機にも似たものが取り付けられている。
「暗号か……」
 ミッターマイヤーの呟きに答えずヘネラリーフェはその優美な指でキーを叩きはじめた。
『愛を込めて、あなたに……』
 ミッターマイヤーの灰色の目が驚愕に見開かれた。それは、その言葉は……ロイエンタールの手の中で彼に向かって微笑む少女の優美な微笑みが彼の脳裏に浮かぶ。
 キーを叩き終わると音もなく扉が開いた。隠し部屋……貴族の屋敷にはよくある仕掛けだ。だが……ミッターマイヤーは中に一歩入った途端息を呑んだ。
「これは……」
 壁一面にかかるグロリエッテの肖像画、ガラスのケースには様々な色を放つ宝石、そして鋭い輝きを持つ数多の刀剣……
「絵は母亡き後、父が描かせたもの。宝石は母の遺品」
 レオンのグロリエッテへの深い愛情が込められた部屋。あの暗号もそんな想いを言葉に託したものだったのだろう。その中からヘネラリーフェは柄も鞘もない一振りの刀身を手にとった。そして部屋の隅に置かれる棚に無造作に置かれる箱の中のものに手を伸ばす。
「それは!?」
「木は森の中にとはよく言ったものよね。剣は剣の中に……リートベルクが私から聞き出したかったのはこれの在処よ」
 鞘に刀身を取り付けながらヘネラリーフェ淡々と語った。
 刀身と鞘と柄をわけて保管するとは名案だ。それを狙う者がいるなら尚更である。欲にくらんだ者達なら簡単にだまされてくれるだろう。特に芸術的価値が高ければ高いほどそれらを一対として扱うのが常識的な考えなのだ。そして彼等に刀身を見分ける眼などない。
「鞘は?」
「あんな宝石だらけの重い鞘なんて実用的じゃないのよ。レオンがバラして売っぱらっていたわ」
 というのは冗談だが、黄金と宝石で彩られた鞘はリートベルクの手に渡ってしまったとしてもレオンやヘネラリーフェに災いが及ぶ物ではなかった。が、やはり彼の手に渡すわけにはいかず、レオンはそれを自艦の私室にしまい込んでいたのだ。そしてあの悲劇の時に……
「義父が持っているわ。レオンは私を育てる為にお金に換えてくれと言ったみたいだけど、義父のことだからきっと形見のつもりで大切に保管しているのよ、きっと」
 ハイネセンにいる義父の顔を思い出しているのだろうか……ヘネラリーフェの表情はそれは優しくて懐かしげで、それでいて切なかった。
「さ、行くわよ」
 感慨は振り払われた。ヘネラリーフェはうってかわった厳しい声で言い放つと、屋敷を飛び出し再び馬に飛び乗り走り出した。今度こそ元帥府に向かって……

 元帥府の中庭は緊迫した空気に包まれていた。元帥府に名を連ねる諸提督が居並ぶ中、ラインハルトのアイスブルーの眼差しが正面に直立するロイエンタールを厳しく射抜いている。
「ロイエンタール、卿がゴールデンバウムの血を引く侯爵家の御息女を私邸に匿っているという告発は事実か?」
 同盟軍将校と言う言葉を付け足すべきところをラインハルトは敢えて呑み込んだ。と言うのも、ラインハルトは既に事の真偽を知っている。だから彼とキルヒアイスにとってこれは所詮茶番にすぎないのだ。本気でロイエンタールを糾弾する気も処断する気も更々持ち合わせてはいない。ただ告発の内容的に尋問しないわけにもいかず、かといってリートベルクの尻尾も掴まねばならない。
 結局ロイエンタールはこの時ラインハルトが事の次第を全て知り得ているとは知らされていなかった。その方が真実味があって良かろうというラインハルトの考えだったが案外悪戯心と言えなくもない。
 若き帝国宰相の声を無視するかのような嘲笑を込める声が突如響き渡った。
「閣下、わざわざ宰相閣下が尋問されるまでもありません。私はこの眼ではっきりと見たのです。その男に叛意があると。回りくどく取り調べをする必要はありますまい。厳しいご裁可を」
「黙れ、リートベルク!! それは卿が決めることではない。私が決めることだ」
 ラインハルトの辛辣で冷ややかな怒声がリートベルクの口を封じた。彼は人前で罵倒されたことによって自尊心を傷付けられたようである。見る間に顔を紅潮させ、口唇をギュッと噛み締めると憎しみを込めた蒼白い焔を揺らめかせる眼でラインハルトを、次いでロイエンタールを睨み付けた。
「どうなのだ、ロイエンタール」
 今のことなどなかったかのような一見冷ややかな問い掛けに、ロイエンタールが深く沈んだ黒い右目と鋭くきらめく蒼い左目で恐れげもなくラインハルトを直視し、そして口を開こうとしたその時……
 一陣の風が吹き抜けた。と思った瞬間、ロイエンタールの頭上を何かが飛び越えた。自分の眼を疑った。ロイエンタールの眼前に、スカートを翻しながら馬に跨るヘネラリーフェの姿があったのだ。
 まさか、まさかここに来るとは……自分から矢面に立とうというのか? だがそれはヘネラリーフェこそがロイエンタールに言いたい言葉だっただろう。案の定馬上からロイエンタールに振り返って言い放った。琥珀色の髪がつられてフワリと揺れる。
「何考えてんのよ!! 自分だけで何もかも背負おうだなんて、ホンっとに嫌味な男なんだから!!」
 怒りながらそう捲したてるものの、その不器用な思いやりにロイエンタールは口元に苦笑とも自嘲ともとれる笑みを浮かべた。自分の為に来てくれたのだ。自分の為に危険を冒そうとしてくれているのだ。そう確信したとき、ロイエンタールはようやく自分が求めていた答えを見つけたような気がした。
(好きだ……俺はお前が……)
 馬をゆっくりと、そして少しずつ操りながらヘネラリーフェはリートベルクへと近付いていった。青緑色の瞳にこめられた気迫に圧倒されて彼は後ずさっていく。だが彼女は馬を止めようとはせず、遂にリートベルクの顔は恐怖に引きつりはじめた。
 ヘネラリーフェの手に陽光を受けて鋭く輝く一振りの剣が握られる。それを見て、リートベルクは腰を抜かしたかのように地面に座り込んだ。
「待ってくれ……許してくれ!!」
 恥も外聞もなく喚き立てる彼にヘネラリーフェは躊躇うことなく剣の切っ先を向け、そして投げ放った。
「ひぃぃぃぃ」
 声にならない悲鳴が響きリートベルクが失禁する。剣は座りこんだ彼の身体のすぐ際を掠め着衣の裾を貫いて地面に深々と突き刺さっていた。
 正気を無くしたとも思われる男に向かって、ヘネラリーフェの冷然とした言葉が投げつけられる。それは……それこそが一〇数年前彼女がリートベルクに刺したはずの釘であり、つけるべき決着であった。
「言っておいた筈よ。あまり……あまり私を怒らせるなとね。私は目的の為に手段は選ばない女だということをね」
 馬上から見下すような侮蔑の眼差しと嘲笑を贈る。
 ヘネラリーフェの言葉にリートベルクが震えながら顔をあげた。それは恐怖ではなく怒りの為のもの。一〇数年前のみならず、公衆の面前で恥をかかせたヘネラリーフェが心底許せなかった。
 いや、それだけではない。彼は頭は悪くない。その彼でさえも予測できなかった事態。それはヘネラリーフェがまさか表舞台に現れようとは夢にも思わなかったことだ。自滅する気なのか? その覚悟と気迫に恐怖さえ抱いた。
 だが、たかが女に恐怖心を抱かせるのは彼の自尊心が許さない。ふと視線を動かせば目の前にはずっと探し求めていたあの宝刀。柄に象眼されたゴールデンバウムの紋章が目に入る。それさえ掴めば世界が手に入れられると壊れかけた精神で考えたリートベルクは手を伸ばした。が……
 銃声が響き渡った。何事が起こったのか理解できなかったのはリートベルクだけではないだろう。
「そんなものがあるから……そんなものがあったからレオンは……」
 震える声でそう言うと、ヘネラリーフェは続けざまに引き金を引き、全弾を打ち込んだ。忌まわしい力が宿る宝刀の柄に向かって……
 リートベルクの目の前で柄は砕け散った。後には鈍い光を放つ刀身と、放心したまま剣を見つめるリートベルクの虚ろな眼差しだけが残ったのだった。
 ラインハルトの命でリートベルクは憲兵隊に連行されていった。こんな茶番を演じるまでもなく彼の罪は明白だった。ミッターマイヤーがキルヒアイスの元を訪れた際、あの調書を彼に手渡しておいたのだ。
 そして昨夜の事件とリートベルクの行動を照らし合わせればリートベルクに言い逃れできるとも思えない。こうしてまだ解明されない謎は残るものの一連の事件は幕を降ろしたのである。
 愚かな男は後日知ることになる。運良く生き残っていただけの貴族の娘だとばかり思っていたヘネラリーフェが実は同盟軍最強ともいえるヤン艦隊に所属し、尚且つ闇のニュクスと敵味方双方から羨望される軍人であり、そしてヤンの片腕でもあるということを……
 全てが終わった時には既に日が傾きかけようとしている。茜色の陽光にを後ろから浴びたヘネラリーフェがラインハルトの前にいた。
「馬上から失礼します。少々足下がおぼつかないので……小官は自由惑星同盟イゼルローン要塞駐留艦隊分艦隊司令ヘネラリーフェ・セレニオン・フォン=ブラウシュタットと申します」
「噂に名高い闇のニュクスにお逢いできるとは光栄だ。傷の具合はいかがかな?」
 ラインハルトの言葉にニッコリと微笑むとヘネラリーフェは言葉を続けた。それにしてもロイエンタールやミッターマイヤーに対した時とは態度が雲泥の差である。
「ご心配いただきありがとうございます。一応この後落馬して一週間ほど寝込む予定でおりますの」
 皮肉なのか本心なのか、口元に極上の微笑を湛えながら言うヘネラリーフェの言葉にラインハルトは最初は唖然とし、その後クスクスと忍び笑いを洩らした。
「面白い人だな、貴女は」
 イゼルローン仕込みですから……内心でそう答えて、ヘネラリーフェはもっとも重要な言葉を紡ぎはじめた。
「この度の一件、ロイエンタール提督には一切罪はありません。必要以上に他人から反感を買うところといい、可愛げの無いところといい、嫌味なところといい、女を手込めにするところといい、確かに問題のある人物であることは否定しませんが」
 全然フォローになっていない……諸提督達は呆然とした。
「叛意ありと疑われるような事は一切ありません。怪我人である私をただそこに置いていただけ……もし私邸に置いていた女が同盟軍将校であったことが罪だというなら、どうぞ私を煮るなり焼くなりお好きに料理して下さい」
 凛とした口調と強い眼差しに誰もが圧倒された。
「そんなことはしない。ロイエンタールを処断する気もないし、無論貴女を殺す気もない」
 そんな勿体ないことできるか! 本当にそう思っていたかどうかはわからないが、真相がハッキリした今、ロイエンタールを罰する理由はない。それにヘネラリーフェにしてもここまで派手に表舞台に出てくるような人間なのだ。
 確かに同盟軍将校という点では無視できない存在だが、その潔さに嘘はないだろう。何も逮捕して拘束する必要はない。ロイエンタールと愛し合っているなら(大いなる誤解だが)尚更引き離す理由はないのだ。
「それよりもどうだろう? 私の麾下に入る気はないか?」
 仰天するようなことをラインハルトが言った。昨日まで敵として戦っていた相手を自らの部下として迎えるというのか? 度量が広いのか、それとも単なる無頓着なのか、ヘネラリーフェはじっとラインハルトを見つめた。
「貴女のような才能豊かな人材をこのまま捕虜として扱うのは勿体ない」
 なるほど……ラインハルト・フォン=ローエングラムという男は、敵味方に関係なく才能ある者を認め受け入れるだけの度量の大きさがあるらしい。
 確かに才能においても人格(?)においても上官として申し分ないだろう。そう、自分がずっと帝国で生きてきていたとしたら、迷うことなく配下に加わった。だが……
「お言葉は嬉しいのですが、でも……お・こ・と・わ・り」
 その言葉にラインハルトではなく、オレンジ色の髪の提督がいきりたった。可愛げがないどころではない。折角の元帥閣下のお言葉になんたる不敬だとでも思ったのだろう。だが張本人であるラインハルトは特に気を悪くした様子もなく、ただ何故だと問い掛けてきた。
「簡単です。この人になら一生ついて行けると思えるような人を私は既に見つけている。だから貴方の麾下には入れない」
「それはヤン=ウェンリーのことかな?」
「そういうことです。それに……楽しくない職場はご免だわ」
 イゼルローンはそこが最前線だということを忘れさせてしまうような、そんなところだった。十三艦隊に属する人間の個性がそうさせていたのだろうが、あの場所以外で自分が羽根を休める場所はない。ヘネラリーフェはそう決意していた。最高の友のいるあの場所以外に自分の帰る場所はないのだ。
「真面目に戦争している人達と相容れられるとは正直私自身思ってませんし」
それは不真面目に戦争しているということなのか? ハッキリ言えばそうだし、戦争を真面目に考えていたら戦死する前に狂死してしまうだろうということもある。
 最前線では何が起こるかわからない。ニューイヤーパーティーが毎年狂乱のお祭り騒ぎになるのも、来年もこうやって騒げる保証はないという不安な想いがあるからなのだ。
「だから上官はいりません。私が欲しいと思うのは友人。でも残念ながら帝国は友を作る思想ではない。だから私が貴方に従うことは未来永劫ない」
 潔い、どこか憂いを秘めた笑みが印象的だった。怒る気にもならないし、かといって諦める気も毛頭なかった。
「わかった。今はその答えを尊重させてもらうことにして、貴女の身柄はこれまで通りロイエンタールに預けよう」
 またあの服従強制生活が続くのかと内心チラリと考えたが、とりあえずラインハルトのその言葉にホッとした。のも束の間、気が緩んだのかヘネラリーフェの意識が暗闇に堕ちかけた。目の前が一瞬真っ暗になる。
(こんな時に貧血だなんて……)
 昨日の今日では、本来ならまだ安静が必要な時期である。常人なら恐らく起きあがることもできないだろう状態なのだ。そもそも今朝ロイエンタールの屋敷を飛び出す時に引き抜いてきた点滴は、確か輸血だったような気もする。きっと今頃ベッドが鮮血に染められていることだろう。(ひえ~~)
 躰の不調を悟られるわけにもいかず、ヘネラリーフェは一礼するとロイエンタールの方に馬を進めた。馬上からでは相手が長身の人間だとしても見下ろす形になる。
「ほら、帰るわよ」
 ヘネラリーフェが優美な指を、意識したわけでなくただ何気なくロイエンタールのダークブラウンの髪に絡めた。
(うわっ)
 鼓動が高鳴る。だがこれまでのように動揺する自分に困惑することはなかった。彼は答えを見つけたのだから。そして自分の心に素直になってみればただ触れられるだけでとてつもなく嬉しく、そして彼女の指の感触が心地よく感じられる自分がいた。
 ラインハルトに帰宅を促され、しかも傷が治るまで出府を控えるよう命じられたロイエンタールはラインハルトの好意に謝意を述べ、馬上のヘネラリーフェの後ろに跨った。
 既に辺りは茜色の夕日に染め上げられ、どこか哀愁が漂いはじめている。その中をロイエンタールとヘネラリーフェは一見仲良く手綱を取り彼の屋敷へと帰還したのだった。
 ところでミッターマイヤーはどうしたのかというと……
 馬で元帥府に乗り込もうとする無謀すぎる女は、こともあろうに警備の人間の頭上を馬で飛び越えて厳重な警備をあっさりとかわしてしまった。当然憲兵隊は捕まえようと追う。しかも尋常でない進入の仕方にただごとではないとばかりに殺気まで漂う始末。それをミッターマイヤーが押さえていたのだ。
 当然後からロイエンタールに暖かい叱咤が飛ぶことだろう。それをヘネラリーフェにしないところがミッターマイヤーの彼たる所以かもしれない。 

 

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