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アサリとトマトのスープスパゲティー
 

 その日、ロイエンタールはミッタマイヤー家の晩餐に招かれていた。と言っても、エヴァンゼリンお手製の心尽くしの料理がテーブルに並ぶ、いたって家庭的で暖かな雰囲気の晩餐なのだが。
 遠慮するという言葉からは一番かけ離れているだろうロイエンタールの性格だが、親友に対してはまた別問題らしい。
 仲睦まじいミッターマイヤー夫妻を気遣ってか、僚友とふたりきりで酒場に呑みに行くことは多くあっても、ミッターマイヤー家にお呼ばれすることは呑みに行く回数ほど多くはない。とは言っても、世間一般からすればそれなりに訪れてはいたのだが……
 さて、それはともかく、料理上手と評判の今夜のエヴァンゼリンのお薦め料理は……?

「ロイエンタール提督、お代わりなら沢山ありますから、どうぞ遠慮なく召し上がれ」
 燕のような軽やかな身のこなしでもって、料理の盛られた皿をロイエンタールの前に置く。
「どんどん食えよ。卿はだいたい食が細すぎるのだ」
 邪気のない笑顔でミッターマイヤーにそう言われると、普段冷淡で無表情なロイエンタールの表情もどことなく苦笑めいて見えるから不思議なものである。と言っても、恐らくそれがわかるのはミッターマイヤーだけなのだろうが。
「ああ、では遠慮なく」
 ともかく、ロイエンタールはフォークをとり、目の前の料理に向か…… おうとして、固まった。
「どうした?」
 固まり方が極端だったせいか、ミッターマイヤーが怪訝そうな顔をしながらロイエンタールに問い掛けた。
 エヴァンゼリンも何か不都合でもあったのかしらと、幾分心配そうな表情を見せている。
「いや…… その…… フラウ、これは何の料理なのでしょう?」
 幾分困惑したような声でもってロイエンタールはそう訊ねたものの、実のところ困惑したのはミッターマイヤー夫妻の方だったろう。
 目の前にあるのはごくごく普通の「スパゲティ」。そう、イタリア料理であるあの「スパゲティ」だ。アサリの出汁で取ったスープにコンソメスープを混ぜ、具にトマトとアサリの身を加え、ニンニクと唐辛子で風味をつけた、ごくごくありふれた「スープスパゲティ」である。

 

「済まん、ロイエンタール…… 言っていることがイマイチよくわからんのだが」
 本気で済まなさそうな表情をしながら、普段は明朗快活なミッターマイヤーが、些か言いにくそうな口調でそう言った。
 が、返ってきた言葉は、そんなミッターマイヤーを最初唖然とさせ、後に脱力させるに十分なものであった。
「ああ、言い方が悪かったか? これはなんだ?」
 言いながらロイエンタールが指さしているのは、まぎれもなく「アサリ」である。一瞬、ミッターマイヤーはからかわれているのかと思った。が、すぐに思いなおす。どう見てもロイエンタールの表情は真剣そのものなのだ。
 それに十数年来の付き合いの中で、ミッターマイヤーはロイエンタールが、そんな冗談を言うような性格ではないと熟知しているのである。
 というわけで、頭の中にグルグルと上記のような考えを巡らせた後、結局ミッターマイヤーの中に困惑だけが残った。
「アサリだが……」
 恐る恐る答えてみる。
「…………」
 ロイエンタールは無言だったが、明らかに目が「嘘だ」と言っていた。
「まさか、卿はアサリを知らんのか?」
 またしても恐る恐る問い掛けてみる。
「そんなことはない」
「だが……」
 目の前の「アサリ」がアサリでなかったら、一体どれがアサリなのだろう?
「この、羽根を広げたような形の固いものは何だ?」
「…………」
 ミッターマイヤーは言葉を失った。一瞬馬鹿にされているのかと思ったが、やはりロイエンタールのあまりに真剣な表情からその考えを一掃する。
「殻だろ、それは……」
「殻?」
「あのな、ロイエンタール…… まさか卿はアサリが剥き身で砂の中に埋まっていると思っているわけではあるまいな?」
「違うのか?」
 ガクッ…… 精魂尽き果てたという感じでミッターマイヤーは脱力して項垂れた。貴族以上の豪奢な暮らしを当然とでも言いたげにしてのける男は、だが所詮おぼっちゃまだったのか…… 
「アサリは何度でも食したことはあるが、殻がついているのなど初めてみた。そうか、これがアサリの本来の姿か」
 本心から感嘆しているのだろう。あまり感情を表さない金銀妖瞳が、どことなく楽しそうである。
 が……
「で、これはどうやって食すのだ?」
 やはり、そうきたか…… ミッターマイヤーは、いい加減衝撃に慣れて脱力こそはしなかったものの、こっそり溜息をついた。
「殻から身を外してからに決まっているだろう?」
 少々言葉尻がキツクなる。が、この場合ミッターマイヤーを責めるのは可哀想というものである。
「どうやって外すのだ?」
 ミッターマイヤーのこめかみに温泉マークが浮き上がったことに、果たしてロイエンタールは気付いただろうか? 
「………貸せ………」
 普段からは想像もつかないほど低い声がミッターマイヤーの口元から放たれた。ロイエンタールの前にあった皿がミッターマイヤーの方に引き寄せられる。
「今夜だけだからな! 今度からは自分でやれよ!!」
 ミッターマイヤーはフォークを使ってチョイチョイとアサリを殻から外していく。
「ほほぉ~~ 器用なものだな」
 器用とか不器用とか、そういう問題ではないような気もするが……
 なにはともあれ、ミッターマイヤーの表情が憮然としていくに従って、ロイエンタールの表情が楽しげなものに変わっていくという天地がひっくり返りそうな光景を目撃したのは、ミッターマイヤー婦人エヴァンゼリンただひとりだけだったということには違いない。

 後日、ミッターマイヤー家では海老料理が出されたが、やはり思った通りその時も、ロイエンタールは海老の殻剥きをミッターマイヤーにやらせたとかやらせなかったとか…… いくらなんでも海老に殻があると知らなかったとは思えないから、これはどう考えてもロイエンタールの甘えなのだろう。
 とは言え今後日常的に、双璧と称される二人が食事を共にする度にこんな光景が繰り広げられたことは言うまでもない。
 結局、ミッターマイヤーはロイエンタールにだけは甘いのである。

◇◇◇◇◇

 ところで、ロイエンタールは本当にアサリに殻がついているということを知らなかったのだろうか?
 実は、ロイエンタール家お抱えシェフは、ちゃんと殻をつけて調理しているのだ。その方が味も良くなるし、それに見映えも良い。
 が、それを執事が馬鹿丁寧にも殻を取ってからロイエンタールに出しているのである。子供の頃からそうだったというのが執事氏の言い分であるが、帝国軍の上層部であり、泣く子も黙るロイエンタール提督の歳を彼はいったい幾つだと思っているのだろう?
 そもそも、子供の時からということ自体おかしいのだ。ハッキリ言って、甘やかしすぎである!! 
 こんなことがミッターマイヤー以外にでも知られようものなら、彼のイメージは思いっ切りダウンだろうに……
 というわけで、ある意味ミッターマイヤーは帝国軍のトップシークレットを握ってしまったということにもな…… らないか、馬鹿馬鹿しすぎて。

ちゃんちゃん

注意:戦闘中はどうしているのだろう…… という疑問は考えないようにしましょう(爆)

 

Fin

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*かいせつ*

キリ番1212番をゲットされた、花木蘭さんのリクエストの「ロイの日常の小話」でございます(笑)
がぁ!! ロイの日常……に、かけ離れているような気がしないでもなかったりして(汗)
でもって、なんかお間抜け(大爆) 良く言えば、微笑ましいんでしょうが(ホントか?)
ミッターマイヤーの苦労性は日常生活でもそうだったらしいってことで(笑)

今回のこのネタは、夕食作っているときに思いついたという、安直な代物であります(^^;;) いつもアサリの殻はそのままにして出すんですが、確かに一々取りながら食べるってのも結構面倒ではありますよね。で、たまたま旦那が遅くて、でもってどういうわけか暇だったんですよ、その夜は(笑)
原稿書こうにも、良いアイデアは浮かんでくれないし、だから必然的にパソコンの前に座るのが苦痛に思えてくるし。で、家事に逃げたと……(爆)
そ、それにしても果たして気に入っていただけるやら、とても不安な代物であります(冷汗) タイトルも、まんまだし(核爆)

 

2001/3/24 かくてる♪てぃすと 蒼乃拝

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