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ここでキスして
 

 盗みの被害に遭ったことよりも、『不感症』という言葉の方がショックで、その言葉が渦を巻いてマリアの頭の中をグルグルと回っていた。
 同時に得心もいっている。
(ああ、そうなんだ……)
 これが不感症だという事なのだ。
 幼い頃に拉致され、ずっと性的暴行を受けてきたマリアにとって、性行為とはある意味苦痛なものであった。
 それでも、同盟に亡命してから、好きになった男に抱かれる事は即ち嫌な事ではなかった。
 だが、マリアには分からなかったのだ。
 それが気持ち良いのかそうではないのかが……
「あら~ 見事にやられちゃったわね」
 その時、寝室で通帳を握り締めて座り込むマリアの耳に、聞き慣れたアルトの声が飛び込んできた。
 こういう状態であればこそ、何よりも頼もしい人の声だ。
「リーフェ!?」
 思わず立ち上がって彼女に抱き付く。
 フェルナーの存在などアウトオブ眼中である。
 抱き付いてきたマリアの躰を抱き返してやると、ヘネラリーフェは真摯な眼差しでマリアの濃紺の瞳を見つめてきた。
「どうする、これから?」
「フェザーンへ帰ろうかと思う……」
「そう……」
 多分、マリアにとってそれが一番良い事だろうと、ヘネラリーフェは思った。
 ただ、すぐにという訳にもいかないだろう。
「ごめんね、私が送ってあげられれば良いのだけど」
 今回、会議の為にハイネセンに戻ってきたヘネラリーフェは、シリウスに乗艦してきたのだが、いかんせん……
 会議が終わったと同時に、そのままシャーテンブルク要塞に直帰してしまうことになっているのだ。
「その代わり、出発までの間、うちに来ない?」
「ビュコック提督の家に?」
 良いの?
「前に約束したじゃない」
 ビュコック家の地下から取っておきのワインをくすねて酒盛りをしようと。
「あれを早速実行しない?」
 ヘネラリーフェがウインクをする。
 恐らくヘネラリーフェは傷心のマリアの為にわざと明るく振る舞っているのだろう。
 マリアはそう直感した。
 だが、確かに一人でいたくないのも事実。
「お言葉に甘えます」
 マリアは、ヘネラリーフェに誘われるがままにビュコック家へと向かったのであった。
 フェルナーはどうやら民間の客船を手配しに行ったようだ。
 ヘネラリーフェはビュコック家のヴィジホンのナンバーと自分の携帯ナンバー、それに統合作戦司令本部のナンバーを知らせると、マリアと共に車中に人となったのであった。

***

 客間にマリアを通すと、ヘネラリーフェは一旦着替えの為に自室に消え、そして今度はワイン数本を抱えてマリアの待つ部屋へと姿を現した。
「素敵なお家ね」
 マリアが呟く。
「そう?」
 ヘネラリーフェはずっと住んでいる家なので(まあ、ここ数年間はロイエンタール家に居候の身だが)マリアの言葉に対してヘネラリーフェは端的に答える。
「ねえ、お家の中を案内してくれない?」
 ヘネラリーフェがワインの栓を抜く手を止める。
「とりたてて、珍しい物がある家でもないわよ」
「だから見せて欲しいの」
 ロイエンタールの私邸はある意味美術館かお城で、興味も尽きないが、平凡な家庭、特にヘネラリーフェの育った環境を見てみたかった。
「じゃあ、まず二階からね」
 そう言うと、ヘネラリーフェはマリアを伴って客間を出た。
「ここが私の部屋」
 最初に案内したのは、ヘネラリーフェの私室である。
 扉を開けると、ブルーグリーンとベージュに統一された落ち着いた空間が広がる。
「まあ、私もあまり帰ってこないから、何も目を惹く物はないけど」
 そう言いながら部屋の中に入る。
 確かにヘネラリーフェの言う通り、目新しい物はなかった。
 あったとすれば、それは部屋の全体の色合いがヘネラリーフェの瞳の色を思い起こさせることくらいだろうか。
(誰が、デザインしたのかしら?)
 だが、それ以外には何もない。
 デスクの上は綺麗に片付けられ、本もきちんと本棚に整理してある。
 失礼だとは思ったものの、失敬してクローゼットの中を覗かせてもらったら、だがそこには同盟風の衣装が入れられていた。
 その中に、マリアの目を惹く物があり、彼女はそれを手に取った。
「これは?」
 洋服だ。だが、随分と可愛いデザインで、およそ今のヘネラリーフェの趣味とは思えなかった。
 いや、それにサイズも大分小さい。
「ああ、それはね……」
 ヘネラリーフェはしんみりとした表情でそれを手に取ると、懐かしげな表情で語り始めた。
「これは、私が小さい頃に着ていた服」
 なんだか、捨てる気にならなくてね。
「想い出なのね」
 大切な想い出なのだ。
 気持ちは良く分かる。
 ふと濃紺の瞳がベッドの上に向けられた。
「あれは?」
 ベッドの上に可愛い縫いぐるみが置いてある。
 ヘネラリーフェはそれを手の取ると、マリアに渡した。
 縫いぐるみの柔らかさが心地良い。
 それにしても……
「随分の大きいのね」
 ヘネラリーフェはクスリと笑うと、説明してくれた。
「これはね、私が補導された時に、義兄が買って来てくれた物なの」
「幾つの頃?」
「12歳くらいよ」
「じゃあ、この縫いぐるみ……」
「うん…… 私の躰より多きかったわ」
「そう……」
 そう言うと、マリアは縫いぐるみをベッドの上に戻した。
 きっと、この縫いぐるみの存在があったからこそ、ヘネラリーフェはビュコック家の一員になれたのだろう。
 マリアはそう思った。
 次に案内されたのは、その隣の部屋だった。
 こちらは随分と閑散とした部屋だ。
 全体的に綺麗にされていたが、ベッドには布が被されている。
「この部屋は?」
「私の義兄の部屋」
「じゃあ……」
 ここは、ヘネラリーフェの愛した人の部屋なのだと、すぐにマリアは気が付いた。
 こちらも失敬してクローゼットを拝見したが、中には生前のダグラスの衣装の他に軍服が掛けられていた。
「なんだか、整理する気にならなくてね」
 両親の方が、整理したがっていたのを、ヘネラリーフェが押し留めた。
 デスクの上を見ると、写真立てが飾ってある。
 そこには、16歳のヘネラリーフェの姿があった。
 そうと分かったのは、ミミが彼女と出会った時のヘネラリーフェと良く似ていたからだ。
「さ、もう出ましょ」
 湿っぽくなるから……
 そう言うと、ヘネラリーフェは階下へと降りて行った。
 一階には、主寝室とリビング、それにダイニングキッチンがあった。
 更にリビングの向こうには、デッキテラスがあり、庭が広がっている。
 庭には、夏の花が咲き乱れていた。
「ステキね~~」
 全体的に、温もりが伝わってくる家だと思った。
 マリアが引き取られた頃のケスラー家と良く似ている。
「この家はね、ヤンファミリーの溜まり場なのよ」
 だから、今はこんなに静かだが、彼等が集まると、五月蠅い以外の何者でもない。まあ、楽しいから良いのだが……
「さ、酒盛りでもしましょ♪」
 二人は、客間へと戻った。

***

 暫くはとりとめのない話しをしながらグラスを傾けていた。
 1時間程経った頃だろうか……
 マリアが急に顔を俯かせて黙り込んだ。
「ミミ?」
「私、不感症なんだって……」
 それを理由に男に捨てられ、盗難の憂き目まで見た。
「好きだったのに……」
 でも、確かに抱いているのに反応のない女など、男にとっては面白くないだろう。
 透明な滴が濃紺の瞳から零れ落ちる。
 ヘネラリーフェはそっとマリアの肩に手を掛けた。
「あのね……」
 意を決したようにヘネラリーフェが言葉を綴る。
「あのね、私も不感症のようなものなのよ」
「は?」
「あのね…… 私、ロイエンタール以外に反応出来なくなっちゃったの」
「…………」
 だが、マリアの胸の中に、ある疑問が湧いた。
「ねえ、どうして他の男の人には反応しないって分かったの?」
 素直な疑問に思わず黙り込んだのはヘネラリーフェの方だ。
「あ~~ それはね……」
 すっとぼけようとしたヘネラリーフェだったが、マリアの為に全てを打ち明けた。
「試してみたのよ」
「誰と?」
「うっ…… シェーンコップ中将と……」
「寝たの?」
 マリアの純粋な瞳の前に、ヘネラリーフェの意地は霧散した。
「あのさ、ロイエンタールと一緒にしないで欲しいのだけど……」
 つまり、彼と同じで、ヘネラリーフェも人肌が恋しくなるのだ。
「だから、半年間の要塞や艦隊勤務の時、シェーンコップ中将と一緒に寝てるの」
 勿論、抱かれている訳ではない。
 それでは、ただの不貞だ。
「たださ、一緒に寝ていると、どうしても彼の指が躰に触れる事になるじゃない」
 その時に、妙な感じがした。
「で、なんか変だと思ったから、抱いてってお願いしたの」
「それで?」
 マリアの瞳には、興味津々といった色が見て取れた。
 ヘネラリーフェはコッソリと溜息を吐く。
「そこまで言わせるの?」
「言ってくれなきゃ、わからないじゃないの」
(あ~~~ もう!!)
 変な所で、純朴なお嬢様を演じるんじゃないわよ!!
 ヘネラリーフェは内心で毒突いたが、ここまで白状したら、もう同じ事だ。
「感じなかったのよ!!」
 シェーンコップの性格上、当然ヘネラリーフェの弱い所を突いてきた。
「でも、全く気持ち良くない訳じゃないんだけど……」
 でも、心底気持ち良いとも思えなかった。
「だからさ、ミミもいつか、たった一人の人が見付かったら、きっと大丈夫よ」
 気休めではなかった。
 実体験から言っているのだ。
 自分もロイエンタールに逢う前、一度そういう事があったから。
 ダグラスを失ってからシェーンコップに出逢うまで、誰に抱かれても感じなかったから。
 ある意味、ヘネラリーフェの躰はシェーンコップに仕込まれたようなものだ。
 だが、その彼にさえ反応しなくなった。
 つまり、それ程に今のヘネラリーフェの躰はロイエンタールに溺れているという事になる。
「でさ、フェザーンにはどれくらいいるの?」
「うん……」
 マリアは正直な気持ちを語った。
「事務所がね、フェザーン進出を考えているの」
 マリアはショーモデルとしてはもう歳だ。
 だが人気はある。
 そのマリアを足がかりにして、フェザーン進出を図り、そしてその後はマリアを後輩モデルの養育係と相談係にしたいらしい。
「だから、もしかすると永住って事になるかもしれないわ」
 勿論、今すぐという訳にはいかないだろうが、だがそう遠くない未来である事は確かだろう。
「そう」
 ヘネラリーフェは内心で考えた。
 これは好機かもしれない……
 どうしても、マリアに話したい事があったのだ。
 だが、今此処で話せない事でもあった。
 そう…… この話しは、フェザーンでしか、彼女の大切な人がいるフェザーンでしか話せない事だった。
 二人は、その後ワインを数本開け、二人して同じベッドで眠り込んだ。
 女同士だから構わないじゃないと言うのが二人の意見だが、恐らくロイエンタールやケスラーが見たら、呆れていただろう。
 それから数日後、マリアはフェルナーと共にフェザーンに出発したのだった。

***

 シャーエンブルク要塞から発進し、辺境警備に就いていたシリウスに連絡が入ったのは、要塞を出発して3日が過ぎた頃だった。
 またどこぞの辺境で海賊が暴れているのだと思ったが、内容を聞いたヘネラリーフェも、さすがに戸惑いを隠せなかった。
 襲われているのは、ハイネセン=フェザーンを結ぶ民間の旅客船だと言う。
 まさか、あんな場所に海賊が姿を見せるとは……
 その船は、マリアを乗せた船だった。
 急いで、連続ワープの命令を下す。
 そして、シリウスは、辺境から姿を消した。

 海賊行為にミミは狂乱の体で閉まったドアを叩いていた。
「助けて!! ここを開けて!!」
 フェルナーに止められても、彼女の悲鳴は留まる所を知らない。
 ともかく、フェルナーはコンピューターへのハッキングを試み、マリアの名前を乗客名簿から削除する事に成功した。
 ホッとしたのも束の間、部屋の外から絶叫が響いてくる。
 マリアは勿論の事、フェルナーもビクリと肩を震わせた。
(ちくしょう、この部屋には入って来るなよ)
 折角名簿から削除したというのに、こんな所でマリアの身元がばれたら事だ。
 せめて、警備艇が到着するまで、時間を稼ぎたかった。
 とは言っても、フェルナーは軍人ではあるものの、戦闘にはてんで自信がない。
(頼むから、ここには来てくれるな)
 祈るような面持ちで目を閉じたフェルナーの耳に入ったのは、だが静寂。
 そして、落ち着いた女の声だった。
「ミミ~~ もう大丈夫だから、ドアを開けて」
 誰よりも頼もしい声の持ち主を考える時間などいらなかった。
 マリアはフェルナーの声など無視して、ドアを開ける。
 途端に、落ち着いた色を漂わせる青緑色の瞳がマリアの濃紺の瞳に飛び込んで来た。
「リーフェ!!」
 思わず抱き付いたが、その後ふと見やったヘネラリーフェの躰が鮮血に濡れている事に気付き、悲鳴を上げる。
「リーフェ、怪我をしているの?」
 だが、答えは予想したものではなかった。
「ああ、違う違う、返り血よ」
 あっけらかんと笑うヘネラリーフェの手元を見れば、右手には血に染まった愛刀蘇芳と、そして左手には大きめの銃が握り締められていた。
 ヘネラリーフェが艦隊司令官で軍人として傑出した人物であることは頭では分かっていたが、人を殺してきた彼女を見るのは初めてだ。
 マリアは僅かにだが戸惑った。
「海賊討伐に、わざわざ艦隊総司令官閣下がお出ましとは、驚きましたな」
 それに、駆け付けるのが随分と早い。
 フェルナーが背後から嫌味を含ませた言葉を浴びせかけたが、ヘネラリーフェは何処吹く風である。
「シリウスと私を甘く見ないで」
 ヘネラリーフェは冷淡だ。
 だが、マリアには優しい表情を見せた。
「じゃ、行こうか」
「何処へ?」
「此処まで来たから、もうフェザーンまで送っちゃうわ」
 そう言って、ミミを伴って出て行こうとするヘネラリーフェをフェルナーが止める。
「私はお連れ下さらないので?」
「何で、私が貴方の面倒まで見なきゃいけないのよ」
 ヘネラリーフェの冷たい言葉にフェルナーは唖然とした。
「非礼はお詫びしますから」
(分かっていない)
 ヘネラリーフェは、フェルナーの態度に苛ついた。
「あのね、貴方ミミの名前を乗客名簿から削除したでしょ?」
「ええ」
 それこそが最上の策だと思ったからこその行為だった。
 というか、それがヘネラリーフェにバレバレだという事に驚いた。
「それはそれで良くやったと言いたいのだけど……」
 ただ、後から駆け付ける警備艇は、乗客名簿を参考に救助を開始するだろう。
「いない筈の人間がいたらマズイだろうし、いる筈の人間がいなくても困るでしょ?」
 フェルナーは、内心で「あっ」と、声を上げた。
(やはり切れ者だ)
 フェルナーはヘネラリーフェをそう認識し、諦めて大人しくその場に残った。

***

 シリウスがフェザーンの宙港に到着すると、ヘネラリーフェは自らでハンドルを操って、マリアを連れ出した。
 方向的に、市街地から離れて行こうとしているのに気が付かないマリアではない。
 だが、ヘネラリーフェが妙な事をするとも考えられなくて、マリアは黙って助手席に座っていた。
 30分程走った頃だろうか……
 車は、見るからに豪華そうなマンションの前に滑り込んだ。
「ここは?」
 高層マンションを見上げながらマリアが問う。
「ロイエンタールの隠れ家」
「元帥の?」
 ヘネラリーフェは苦笑しながら説明した。
「あの人、ああいう性格でしょ?」
 だから、病気になったりすると此処に引きこもってしまうのだ。
「この場所を知っているのは、私とミッターマイヤー提督だけ」
「そんな大事な所に私を連れて来て良かったの?」
「大事な話があるから、此処の方が良いと思ったのよ」
 ただ、この事は、場所も含めて内密に……
 ヘネラリーフェの言葉に、マリアは強く頷いた。
 正面のドアの前に立つ警備員に手を挙げて挨拶し、指紋登録と暗証番号登録をし、更にカードキーで中に入る。
 3重のロックを見た時点で、マリアの目は丸くなっていた。
「凄いのね」
「これだけ厳重だと、不埒者も忍び込まないでしょ?」
 それに、完全に一人になれる。
「元帥府でも屋敷でも、あの人は多くの人に囲まれているから」
 一人になるには、これしか方法がない。
「あの人、ああ見えて結構情に厚いから、屋敷の使用人の頸も切れないみたい」
 ヘネラリーフェはクスクス笑ったが、マリアは笑えなかった。
 一人になる為に、別荘と言うには近すぎる所にマンションを買う。
 金があるとか無いの問題ではなかった。
 ロイエンタールの置かれた立場が痛々しかった。
 エレベーターは、音もなく上に上にと上っていく。
 やがてエレベーターは、最上階を表示した。
 エレベーターを降りると、広いホールが広がっている。
 少し歩くと、重厚なドアにぶち当たった。
「ねえ、もしかして、この階には、一軒しかないの?」
「そうよ、ロイエンタールもこういう所が気にいって此処を買ったんですって」
 先刻とは違ったカードキーを取り出すと、ヘネラリーフェは重厚なドアを開いた。
 濃紺の瞳の前に、北欧風のデザインに纏められた部屋が広がる。
 思わず溜息が出ていた。
 ロイエンタールが一人になりたくて購入した部屋の割に、中には暖かみがあったからだ。
 恐らく、ヘネラリーフェの配慮が行き届いているのだろう。
 居間に通されると、マリアは窓にへばりついた。
 窓の向こうには、夏の陽光に照らされて輝く青い海がある。
 景色を堪能し、次に部屋をゆっくりと見渡すと、またしても溜息が漏れた。
 とにかく広かった。
 ヘネラリーフェの説明によれば、1LDKだと言うが、キッチンもダイニングもリビングも、桁外れに広かった。
 この様子だと、寝室も相当広いに違いない。
 だが、マリアはハイネセンのビュコック家を見学した時のようなお行儀の悪い事はしなかった。
 ヘネラリーフェの住居ならともかく、ロイエンタールの住居だという事が、マリアの興味心にブレーキを掛けたのだろう。
 とりあえず、ヘネラリーフェに勧められるがままに座り心地の良さそうなソファに座り、出されたミルクティーを飲む。
 マリアがそれを飲み干すまで、ヘネラリーフェは煙草を吹かせていた。
 何かを逡巡しているようにも見えて、そんなヘネラリーフェをマリアは上目遣いに見やる。
 だが、黙っていられる性格でもなかった為、マリアが先に口火を切った。
「話しって何?」
「単刀直入に言って良いかしら?」
「回りくどい言い方なんて、リーフェに似合わないわ」
「そう、じゃあ遠慮なく」
 そう言うと、ヘネラリーフェは仰天発言をした。
「あのね、試してみない?」
「何を?」
「感じるかどうか」
「はぁ?」
 マリアにはヘネラリーフェの言っている事の意味が分からなかった。
「意味がまるで分からないわ」
「だから、一番大切な人に抱かれてみるの」
「はぁ!?」
 マリアは素っ頓狂な声を上げた。
 そりゃあそうだろう。
 男に捨てられた今、マリアにとって一番大切な人はたった一人である。
「無理よ、私達は兄妹なのよ」
「でも、血の繋がりはないわ」
 要はヘネラリーフェとダグラスのようなものである。
「でも、私はともかく、ウルリッヒ兄様がなんと言うか……」
 確かに一緒に入浴して、躰を洗って貰った事がある。
 肌を晒した事があるのだ。
 だが、抱かれてみることなど考えもしなかった。
「俺は構わんが……」
 その時、隣室のドアが開き、ケスラーが現れた。
 飛び上がったのはマリアである。
 ケスラーの背後にはロイエンタールがいた。
「聞いていたの?」
「ああ」
 と言うより、ロイエンタール経由で連絡を受け、話しは既に聞いていたと言った方が正確だ。
「ミミ、俺なら構わない」
 お前の為なら、抱いてやろう……
 マリアは顔を俯かせた。
 逡巡しているようでもあった。
「シャワーを浴びておいで」
 だが、ケスラーのその一言に背中を押されたようである。
 マリアは、意を決したかのように、スクっと立ち上がると、寝室へと消えた。
 そうした所で、ヘネラリーフェとケスラーは正面から見つめ合う。
「後悔なさいませんね?」
「ええ、全てはマリアの為です」
「分かりました。一応首尾をお聞きしたいので、明日の夜、此処に顔を見せます」
「分かりました」 
 そう言うと、ケスラーも寝室へと消えた。
 だが暫くの間、ヘネラリーフェはロイエンタールと並んでソファに座っていた。
 やがて、あっけなく寝室からマリアのものと思われる甘い嬌声が響いてくる。
 それを聞いて、ヘネラリーフェが立ち上がった。
「これ以上は、出歯亀になるから、帰りましょうか」
「そうだな」
 二人は、連れだってマンションを後にした。

***

 車の中で、ロイエンタールは気掛かりを口にした。
「あの二人、まさか妙な関係になりはしないだろうな」
「大丈夫よ」
 憲兵総監は、既にマリーカを選んでいるのだから……
「首尾を聞くまでもない状況になったみたいだけど」
 でも……
「でも?」
「ミミを一度お医者様に見せた方が良いと思うわ」
「医者」
「そうよ、ミミは此処の病気なのよ」
 ヘネラリーフェはロイエンタールの胸を突いて見せた。
「心か」
「そうよ…… 卵巣を片方無くしているとか、性的虐待を受け続けてきたとかは関係ないのよ」
 全ては、マリアの心の問題だ。
「カウンセリングを受けるべきだと思う」
 尤も、マリアが嫌がれば無理強いは出来ないが……
「それはそうと、ワルター・フォン=シェーンコップから聞いたが、10万光年彼方から、数時間でフロイライン・ミミの所にすっ飛んできたそうだな」
 さすがシリウスと、司令官の決断力だな……
「まさか、警備の厳しいあの空域に海賊が現れるとは思ってもみなかったわ」
 だから駆け付けた。
 自尊心が許さなかったのだ。
 そして、海賊共を蘇芳と銃でぶっ殺してきた。
 ロイエンタールは、その姿を見てみたかったと思った。
 戦っている時の、血に染まっている時のヘネラリーフェの美しさを知っていたから……
 だが、ヘネラリーフェの感想はちょっと違っていた。
「でも、あんな無茶なワープはもうコリゴリよ」
「そんなに酷かったのか?」
「躰がバラバラになるかと思ったわ」
 艦体は無事でも、躰の方が保たない……
「貴方も一度試してみたら?」
「いや、俺は遠慮しておく」
 ロイエンタールはクスクス笑いながら、ヘネラリーフェの琥珀色の髪をクシャリと掻き乱した。
 やがて車は、ロイエンタールの私邸の玄関前に滑り込む。
 当然の如く、ロイエンタールはヘネラリーフェを寝室に連れ込んだ。
 そして、短い逢瀬を惜しむかのように、ヘネラリーフェを激しく抱く。
 抱かれながらヘネラリーフェは思った。
 ダグラスを失ってから、シェーンコップに出逢うまで、自分はなんと惨めな女だったのだろうと……
 男に抱かれても、反応出来なかった。
 いや、嫌悪感さえ抱いた。
 だから、男の家に泊まる事は無かった。
 すぐに自宅に帰り、バスルームに飛び込み、赤むけになるほど躰を洗った記憶がある。
 だからシェーンコップに抱かれた時、思った。
 気持ち良いと思える事がどんなに幸福だと言う事を。
 そして、今ヘネラリーフェはロイエンタールにしか反応しない躰になった。
 だが、まだ知らない。ロイエンタールはその事を……
 彼が真実を知るまでには、もう少し時間が必要なようだ。

***

 翌日の夜、約束通り、ヘネラリーフェはロイエンタールを伴って海辺の別荘へと姿を見せた。
 バツの悪い表情のケスラーと顔を赤らめたマリアに迎えられる。
 結局ヘネラリーフェの口から「首尾は」という言葉は放たれなかった。
 そんな事は聞かなくても分かっていたからだ。
 そして、彼女は医者と言う言葉も言わなかった。
 ただ「良かったわね」と、一言言い、微笑んだだけである。
 宙港まで見送りに行くと言うケスラーとマリアを制すとヘネラリーフェはロイエンタールと肩を並べて部屋から出て行こうとする。
 その背中にマリアが声を掛けた。
「あの、ご免なさい」
 言葉はロイエンタールに向けられていた。
「また私の所為で、元帥とリーフェを振り回してしまって」
 だがロイエンタールは微笑みながら言った。
「貴女が謝る必要はありません」
 たった2日でも、本来なら逢えない時期に、ヘネラリーフェと逢う事が出来た。
 それだけで満足だった。
「貴女もこれから進退問題で大変でしょうが、いつでもこいつを頼ってやって下さい」
 そう言ってヘネラリーフェを抱き寄せる。
 不埒者とばかりに、ヘネラリーフェはロイエンタールの手をパチンと叩いた。
 車に乗り込むと、ロイエンタールが話し出す。
「結局、医者の事は言わなかったんだな」
「必要がないと思ったからよ」
「必要ない?」
 結果がどうあれ、カウンセリングを受けさせた方が良いと、昨日言っていたのに……
「だってさ、まだまだミミの一番はウルリッヒ兄様なんだもの」
「なるほど」
「ミミに必要なのは、カウンセリングじゃなくて、憲兵総監以上の存在ね」
「ケスラー以上の存在か」
「そう…… 何の欲も下心もない、そして彼女を銀の妖精として見ず、一人の女として見てくれる人……」
 そういう人が現れれば、不感症も治るだろう。
「でも、それは当分先のようね」
「どうしてそう思う?」
「だって~~」
 ヘネラリーフェはそこでケラケラと笑いだした。
「だって、あの二人、親離れ子離れが全然出来ていないんだもの」
 明るい笑い声は、シリウスの停泊する宙港まで続き、そして彼女は明るい笑顔を残して大海原へと旅立って行った。
 行く先は、また10万光年先だろうか?
 ロイエンタールは、連続ワープの辛さを語るヘネラリーフェの貌を思い出し苦笑しながら、それでも少し心配げな面持ちでシリウスを見送ったのであった。
 無論、深いキスを施してから別れた事は言うまでもない。

 

Fin

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*かいせつ*

またもや、やってしまいました。みのりさん宅のキャラとのコラボ作品。
今度は…………な展開です(^^ゞ
みのりさんに、怒られちゃうかも~~(T.T)
ってなお話ですが、楽しんでいただければ幸いですm(__)m

 

2006/02/06 かくてる♪ていすと 蒼乃拝

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