墓参
5月のハイネセン。
爽やかな五月晴れの空の下を、ヘネラリーフェはゆっくりと歩いていた。
初夏の風が、琥珀色の髪と軍服のスカートの裾を靡かせる。
「えっと、そのお花を全部」
途中の花市で花束を作ってもらい、そして酒屋へと足を伸ばす。
手に入れたのは、シャンパン・ロゼ。
薔薇色に染まる夕焼けが好きだったダグラスの好物の酒。
(またこの季節がやってきた)
少し沈んだ心を持て余しつつ、ヘネラリーフェは緩い坂を登っていく。
少々息を切らせながら坂を登り切ると、陽が傾きかけていた。
目の前に広がる青い大海原も既に茜色に染まりつつある。
「あ……」
その時、目的地に立つ人影を認め、ヘネラリーフェは足を止めた。
夕日を浴びて逆光で黒く見える人影……
「ロイエンタール?」
ゆっくりと振り向いたその人は、紛れもなくロイエンタールその人だった。
きっちりと軍服を着込み、しかも礼装姿である。
「リーフェ」
振り向いたロイエンタールの端麗な口元に安堵を含んだ微笑が浮かび上がる。
「どうしたの、こんな所で?」
二人の目の前には『769~793 ダグラス=ビュコック』と彫り込まれた墓碑がある。
「いや……ハイネセンには何度も来ているのに、ここには一度も来たことがなかったと思ってな」
来たものの、どうすれば良いのか考えあぐねていた……
そう言って、ロイエンタールは再び墓碑に二色の瞳を向けた。
「そう……来てくれてありがとう」
きっとダグラスも喜んでいるわ。
ヘネラリーフェはそう言うと、墓碑に花束を供えた。
「それは?」
ロイエンタールが、ヘネラリーフェの腕の中にある酒瓶に気付き、問う。
「ああ、これはダグの好物(^_-)-☆」
「墓参りに酒か?」
「だって、ダグは湿っぽいのが嫌いだったんだもの」
だから、墓参りには、いつも酒を欠かしたことがない。
アッテンボローと一緒の時は、墓の前で酒盛りをする程だ。
言いながら、ヘネラリーフェはシャンパン・ロゼの栓を抜いた。
小気味よい「ポン」という音が静かな空間に響く。
「ダグ、大好きなお酒だよ~~」
囁きながら墓碑にシャンパンをかける、
そして、残ったシャンパンを、ヘネラリーフェは瓶から直接口に運んだ。
「はい、貴方も」
瓶がロイエンタールに手渡される。
「あ、ああ……」
墓参りで酒なんて飲んで良いのか戸惑いながら、だがロイエンタールはヘネラリーフェに勧められるままに瓶に口を付けた。
「ここからの景色、良いでしょ」
「そうだな」
「お墓に相応しいのかどうかわからないけど……」
でも、ここに来ると落ち着く。
「ここでね、アッテンボロー先輩に告白されたことがあるんだ」
それも今では良い想い出。
彼は今、副官のマルベーリャと新しい道を歩き出している。
「そうか……」
ロイエンタールは、特に反応しなかった。
それが意外で、ヘネラリーフェが小首を傾ける。
「妬かないの?」
「昔のことだろ?」
「抱かれたことがあるって言っても?」
「…………」
「私、貴方が思っている程、純血じゃないわ」
ダグが逝ってから、愛してもいない(だからと言って嫌いなわけではない)男の腕に身を任せたことが何度もある。
「昔のことだ」
俺の方こそ、愛してもいない女を何度抱いた事やら……
「未だに、お前を哀しませているしな」
「そう言われると、返す言葉もないけど」
ヘネラリーフェはクスリと笑った。
ダグラスに抱かれたのは、確か16歳の冬だった。16歳の誕生日の時に、外出許可を取ってビュコック邸に帰宅した際に、外に連れ出され、夜景の美しいホテルの一室で抱かれたのだ。
「ダグの肌の温もりを感じたのは、あれが最初で最期だった」
「リーフェ……」
ロイエンタールの声に悲哀が込められる。
「あ、ごめん」
気にしないで、貴方を責めている訳じゃないから……
「あれも、今では良い想い出よ」
本当にそう思える自分がここにいる。
「さて、お義父さん達が心配するから、そろそろ帰ろうか」
ヘネラリーフェが笑顔でロイエンタールを振り返った。
「ごめんね、折角お墓参りに来てくれたのに、昔の話なんてしちゃって」
ロイエンタール以外の男に抱かれた話など、するつもりなどなかったのに、ついノスタルジックに浸ってぺらぺらと吐露してしまった。
「いや、お前の過去が聞けて嬉しい」
そういう話をしてくれたことがなかったから……
「思えば、俺はお前のことを何も知らない」
俺の過去は盛大に知られているのに。
「そう?」
じゃあ、これから少しずつでも話すようにするよ……
「でも、嫉妬したりしたら嫌よ」
つまり、そういう話が大量にあるということなのか?
ロイエンタールは、複雑な表情で黙り込んだ。
だが、ヘネラリーフェの過去の全て……ダグラスへの想いごと全てを包み込もうと決意したのは紛れもなくロイエンタール自身である。
「嘘よ、嘘」
そんなに遊んじゃいないわよ。
クスクス笑うヘネラリーフェに、ロイエンタールはデコピンを一発お見舞いした。
「さ、本当にもう暗くなってきたから帰りましょ」
「ああ、そうだな」
だが、その前に……
ロイエンタールは、ダグラスの墓碑の前に姿勢を正して立ち直すと、徐に敬礼した。
「ロイ……」
背後からかけられたヘネラリーフェの声は、涙で震えていた。
Fin
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*かいせつ*
復帰第一作です。
ロイエンタールに一度ダグラスのお墓参りをさせたいと、入院中のベッドの上で思い付きまして、書いてみました。
(あ、でもお墓参りネタは以前にも書いていますよね。失敗失敗=爆)
でも、ヘネラリーフェの過去にちょっと複雑なロイエンタールになっちゃったかも。ヤキモキさせてごめんね、ロイ(^^ゞ
2005/07/20 かくてる♪ていすと 蒼乃拝