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子悪魔達の宴
 

 刻は帝国暦475年、暑さも落ち着きを見せ始めた季節。
新無憂宮の中の西苑では、夏薔薇を愛でながらの皇帝主催の園遊会が催されていた。
貴族達は紳士淑女よろしくワイン片手に笑いさざめき、皇帝を讃え、新たな寵を得ようと奮闘していた。
 ある者は娘や縁者の少女を寵妃にと売り込もうとし、ある者は皇帝の外戚である大貴族達に取り入ろうと躍起になっている。

 子供の目から見ても彼等の存在は滑稽でしかなかった。
それが、皇帝フリードリヒ四世の孫であるグレンシェルツ公爵令嬢ヴェルヘルミネや、皇帝の従姉妹の娘であるブラウシュタット侯爵令嬢ヘネラリーフェの様に聡い子供であるならば、なおさら滑稽に映るであろう。
『ばっかみたい!あんな風にゴマを擂ったって、お祖父様が何も感じないって、どうして解からないの?!』
 ヴェルヘルミネがルドルフ像の陰から、あからさまに不機嫌な表情で空疎な宴を見詰めていた。
視線を転じれば同じく莫迦莫迦しい饗宴だ、と言わんばかりの顔をした同じ年頃の少女が居た。
帝孫であるヴェルヘルミネと唯一同い年の少女、ヘネラリーフェ。
 彼女を視認した瞬間、ヴェルヘルミネの瞳にその日初めての笑いの粒子が閃いた。
何時もは顔を合わせれば口喧嘩をしている、口の悪いハトコ。
ヘネラリーフェは帝孫であるヴェルヘルミネに対しても、口を改める事をしない。
否、ヴェルヘルミネだからこそ、親愛の情で持って親しげな口を聞き、お互いに喧嘩を吹っ掛ける。
2人の両親や、皇帝自身はそれを『微笑ましい子供達のじゃれ合い』として捕らえていたが、それ以外の貴族達は表にこそ出しはしないが眉を顰めていた。
 それが解かっていて態と人前で騒ぎを起す事を、この2人の高貴な少女達は嬉々として行っていた。
 隅の方でつまらなそうに大人達を観察している少女に近寄り、無言のまま彼女の座るソファに無理矢理腰を下ろした。
「何よ…?私が座っているのが見えない?」
 不機嫌を隠そうともしないヘネラリーフェにヴェルヘルミネは悪戯な微笑を見せる。
「もちろん、解かってて座ったの。ねぇ、リーフェ、こんな所にいてもちっとも面白くないと思わない?」
「確かに楽しくもなんとも無いわ。だからって勝手に抜け出す訳にもいかないじゃない」
「そうなんだけど~、つまらないのは面白くないわ」
「言葉はきちんと使わなければいけないのよ」
 冷静に突っ込みをいれるヘネラリーフェに、ヴェルヘルミネの眉が上がる。
子供とは思えないその仕草を目に留める大人はいなかった。
「さっき見つけたんだけどね、士官学校の人達-がウェイターしてるじゃない?そん中に面白そうな人がいたの!」
「他人は貴女の玩具じゃないのよ…」
 嬉々とした表情のヴェルヘルミネを莫迦にしたように呟くが、効果が無い事は短い人生の中で正確に把握していた。
「でね!他にも面白そうな人がいるの!!見に行こう!」
 満面の笑顔でヘネラリーフェを引っ張り上げる。


「あ、いた!あの人よ、ほらあの背の高い黒い髪の人!」
「あの人の何が、面白そうなの?」
 嫌々引き摺られて来たヘネラリーフェだったが、彼女の好奇心も刺激されている。
つまりは血縁者だけあって、良く似ているのだ。
「さっき、近くまで行って見たの。そしたらあの人の目って、色が違うみたい!」
「色が違う…?」
「うん。レティーナみたいに色が違うの」
 レティーナはヴェルヘルミネが可愛がっている長毛種の猫で、オッドアイだ。
「ふ~ん…。ここからじゃ解からないわ。もっと近づいてみようか?」
「Ja!」
 小さく、愛らしい2人の襲撃者は、士官学校の学生達が屯している場所にそれはもう堂々と乗り込んでいった。


「本当に違うんだ…」
 数人の士官学校生がいる中心部に乗り込んでいった2人は、件の『レティーナと同じ瞳をした』学生の前に立ち尽くし、長身の彼を見上げていた。
「なんだ…?」
「おい。お前の知り合いか?」
「知らん」
 当の青年は突如現れた幼い少女達に面食らい、呆然と見下ろし、彼の同級生達もどこから現れたのかと不審の色を隠せない。
「ミーネ、この人も凄いわ…」
「うん…、初めて見た…」
「「まオレンジの髪って…」」
ヴェルヘルミネとヘネラリーフェも再度驚愕を味わっていた。
不自然なほどのオレンジの髪をした青年が現れたのだ。
「おい、お前達どっからきたんだ?ここは子供の遊び場じゃないだろうが?」
「無礼者。お前は誰に向かってそんな口を聞いている」
「あぁ?!」
「よせ。ビッテンフェルト!」
 『レティーナと同じ瞳』の青年が止め、その場に膝を折り2人に目線を合わせる。
「失礼だが、お2人のお名前をお聞かせ願いたい。小官はロイエンタールと申します」
 ロイエンタールが低姿勢に問う様子を見て、オレンジ色の髪-ビッテンフェルトにもこの2人の子供がこの場に居て当たり前の顔をしていられる、高貴な存在であろう事が理解できた。
「わたくしはヴェルヘルミネ。こちらはわたくしのはとこでヘネラリーフェ」
「ねぇ、ミーネ?ちょっと耳貸して」
「何よ?」
 ヘネラリーフェがヴェルヘルミネに耳打ちした内容に、2人の顔がそれはそれは愛らしい天使の微笑みを浮かべる。
曰く『この2人を連れて会場に戻ってしまおう』と言う事だった。
誰が、この2人が連れてきた『客』を会場内から追い出してしまえると言うのだろうか?
例え、それが宴席に集う者達の殆どが蔑む『下級貴族や平民』であろうと、帝国内において最も高貴な子供達の『客』である以上、誰も弾き出す事は出来ない。
 その光景を見事なまでに鮮明に描き出した子供達は、もう誰にも止められない。
実行に移さなければ気が済まない。
「ロイエンタールとビッテンフェルトでしたね?お前達に命じます。わたくし達のエスコートをなさい」
「は?」
「何言って…?」
「聴こえなかったの?お前達をエスコートに指名したの。これはとても名誉なことよ?」
「ミーネの言う通りよ。さっさとなさい!」
 かくて、2人の小悪魔は哀れな学生を寄り代として再び宴席へと戻っていった。
宴席で戻ってきた子供達を迎えた双方の両親は苦笑していた。
 この2人の子供がこれから、貴族の紳士淑女達をどうやって混乱させるのか?
それは天上の神々にも予測不可能。

悪魔達は天使の顔を持って、人々を魅了する。

 これはまだ、第一歩。
彼等はまだ知らない。
そう遠くは無い未来。彼等は再び見える。
 この出会いはほんの一歩に過ぎない。
誰もが忘れてしまう、ほんの些細な邂逅。
それぞれの立場、それぞれの責を負い、廻り逢う。
この出逢いは、その前哨戦。
最初の出逢いから勝負は着いている。

これは、最初の、一歩。
次なる邂逅は、遠く離れた宇宙の深遠。
それは、また別のお話。



おまけ

「ヴェルヘルミネ様!ヘネラリーフェ様!!お止め下さいまし!お願いでございますから、これ以上は…!」
 今日も皇宮内に女官の悲鳴が木魂する。
2人の高貴な子供は『ちびっ子ギャング』と化し、皇宮内を縦横無尽に走り回る。
彼女達が暴れまわるのは、それなりに理由がある。
先日の園遊会に於いて、彼女達が見つけた『2人の学生』彼等を皇帝の傍に連れて行った事に対して、延々と厭味を言い続けたゴマすりしか能の無い大人達に対する解かり易い抗議だった。
 彼等貴族達にとっても、この皇宮は『権威の象徴』なのである。
それを足蹴にする事で、彼等をも莫迦にしている。なんとも子供らしい手段ではあるが、彼女達が破壊したモノ達は子供らしいとは到底言えないだろう。
 何とも下らない、誰が聞いても呆れる理由で国宝級の文化財が高価なゴミの山と化す。
2人が破壊に飽きるのが先か、皇宮が崩れ堕ちるのが先か、それは誰にも解からない。

 

Fin

 

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絢さま、素敵なお話ありがとうございました(はぁと)
まさかまさか、ミーネ(絢さん処のオリキャラ)と、う
ちのリーフェがコラブレートしてくれるなんて、嬉しく
て踊り出しそうですヽ( ^^)ノヽ(^ ) ヽ(^^ )^-^)ノ

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