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CHROME
 

 とても静かに雨の降る日。
 なのに、空は明るい白で部屋を充たす。読みかけの本と、バイオレットスイートの微かな残り香。
 家に居るには申しぶん無いくらい心地が良くて、ヘネラリーフェはソファの中で軽く伸びをした。
 小さな欠伸と共に、伸ばした腕の先に何かが触れる。よく見るとソファの背に掛けられた、男の上着。
「あーあ・・・ロイエンタールってば、皺になっちゃうわ。勿体無い」
 ハンガーを手に取り、上着を引っかけてやる。その瞬間、フワリと漂うロリス・アザロ。
 とても親しみのあるその香りに、思わず口元がほころんで、そっと上着を抱きしめる。
「・・・・・・・・・・あいしてる・・・」
 ロイエンタールに面と向かって言うよりも、思いが伝わりそうな気がして言ってみた。本当はロイエンタールに聞いてもらえれば一番いいのだけれど・・・。
 軽いため息とロイエンタールの上着を、一緒にクローゼットに閉じ込める。ふと、背後に人の気配を感じて、振り返ると金銀妖眼の帝国元帥が立っていた。
「・・・・・・・うわっ」
 雨の中、出かけていたロイエンタールは、つややかな髪に雫を纏わせたまま、怪訝そうに彼女を見ている。
「何だ・・・」
 その反応を見て、ヘネラリーフェはホッとした。どうやら目撃されずに済んだらしい。
「な・・・何でもない」
 ヘネラリーフェは取り繕うように笑って、ロイエンタールの目の前を通り過ぎようとした。
 その時、
「・・・・・・・・・・・・・リーフェ・・・・」
 ホッとして緊張感の抜けたヘネラリーフェを、ロイエンタールが呼び止める。顔を上げたヘネラリーフェに向かってロイエンタールは自らを指差すと、こう付け加えた。
「・・・・・・・俺には?」
 一瞬、ヘネラリーフェには本当に何の事だか分らなかったので、つい、お約束通りの反応を返してしまう。
「え・・・・何が・・・?」
「何・・・・・・・・・・って・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・もういい」
 自分の発した言葉の意味がヘネラリーフェに通じなかったのをどう受け取ったのか、ロイエンタールはプッツリ黙り込むと、ソファに沈み込んでしまった。
 しっかりヘネラリーフェに背中を向けている。
 この状況を見るにつけ、"どうやら自分に原因があるらしい"と感じたリーフェはロイエンタールに優しく呼びかけた。
「ロイエンタール?」
 返ってきたのは、それを待っていたかの様な彼の呟き。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・服には言うくせに・・・・・」
「あ・・・・・」
 思わず声が出てしまった。どうやら見られていたらしい。今更言い訳するのも変なので、ヘネラリーフェは素直に聞き返した。
「・・・・・・・・・見てたの?」
 ロイエンタールは相変わらず黙り込んだまま、ヘネラリーフェに背中を向けている。しばらくの間その背中を見つめていたリーフェは、やがてクスクスと笑いだした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何がおかしい」
 低気圧を擬人化したような男の声。リーフェは笑いを堪える様に口を開く。
「だってロイ・・・・・・・服を相手にヤキモチ・・・・・・・・・・・・・・っ!!」
 後の言葉は笑いが込み上げたせいか、声にならなかった。ヘネラリーフェが、あまりにも笑うものだから、ロイエンタールは本気で機嫌を損ねて怒鳴り始める。
「・・・・・・・・悪かったなっ!!だいたい、お前は俺にそんな事全く言わないだろうがっ!!!」
 この言葉を聞いて、ヘネラリーフェはますます笑いが止まらなくなった。やっぱり妬いている。普段の彼が彼なだけに、この子供じみた嫉妬心がおかしくて仕方が無い。だいたい自分の上着如きに嫉妬するなんて、普通の男では考えられない世界だろう。思えば思うほど、笑いは泉のようにこみ上げる。
「うるさいっ!!笑うな!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん・・・」
 さすがに笑いすぎたようだ。ヘネラリーフェは小さく咳払いをすると、ロイエンタールの背中に向かって謝った。
「ロイエンタール・・・・・・・・・怒った?」
 謝りながら、そっと顔を覗きこむ。ソファに沈む帝国元帥は、拗ねているようだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 ムッと引き結ばれた口元を見て、リーフェがポソッと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・子供みたい・・・」
 ロイエンタールの頭がガクンと下がった。それでも何か言ってやろうと、振り向きざまに口を開く。
「だいたい、お前は・・・・・・・・・・・・・・・何?!」
 ロイエンタールが口を開くよりも半秒ほど早く、ヘネラリーフェは彼の頭をそっと自分の胸に抱きしめた。
「・・・・・・・・・・・・・・リーフェ?」
 予期せぬ抱擁に驚くロイエンタールの声とは反対に、落ち着いたリーフェの声が彼の鼓膜を震わせる。
「ほら・・・いざ、こうやったら、あなたの方が焦ってる」
 悔しいけれど、自分の顔に血が上って来る感覚は確かだ。ヘネラリーフェの指摘に言葉もない。
「・・・・・・・あなたは、敬愛する誰かの為や、自分の信じる何かの為に愛情を注ぐ能力には素晴らしく長けた人だけど、愛される事には不慣れな人なのね・・・・・・?」
「・・・・・だから俺に対してのストレートな愛情表現を控えたと言いたいのか?」
 ロイエンタールは口の端をつり上げて、自嘲気味に反抗を試みたが、ヘネラリーフェが相手ではどうしようもない。
「茶化さないで・・・・・・・・・何が・・・・・・怖いの?」
 胸の中から真っ直ぐにヘネラリーフェを見上げる二つの瞳。色の異なる一対の輝きは子供特有の無垢と純粋をいっぱいに湛えて、何かを渇望している。
 そして1mgの迷いもなく、ヘネラリーフェにはその"何か"を与えてやれる自信があった。
 その瞳を伏せて視線をそらせたロイエンタールがポツリと呟く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前・・・」
「・・・・・そう・・・」
 ヘネラリーフェは微笑む。憂いを帯びた瞳で、彼の次の言葉を待っている。
「・・・・・・・・・・お前が・・・何を思って、何に心を傾けているのか、何時だって俺を・・・お前へと駆り立てていく・・・。この気持ちは・・・いつまでも続くのだろうか・・・それとも・・・・・・・」
 ヘネラリーフェはゆっくりと目を閉じた。ロイエンタールの髪に頬を寄せる。
「・・・そうね。1秒後の自分の心なんて、私にだって分らない。人の感情っていうのは、一日に80万4千もの変化を遂げるっていう話もあるしね・・・・・でもねロイエンタール、自分が生きていく上での一番の喜びって、何だか考えた事・・・・・・・・・ある?」
「・・・・・・・・・生きていく・・・・喜び・・・・?」
「えぇ。・・・・・・・・・・私はねロイエンタール。こうやってあなたの不安を一つ一つちゃんと聞いて、取り除いてあげられる自分が、一番好きなの。・・・・・・・・・それであなたが笑ってくれれば最高に嬉しいのだけれど・・・・・・・・・・・ダメ・・・・・・・?」
 ロイエンタールを覗き込むヘネラリーフェの瞳は、澄み切った空の様に彼を優しく包み込む。
 引き寄せられたようなロイエンタールの唇が、ヘネラリーフェの頬に軽く触れた。
「・・・・・・・・・くだらん事を言った・・・」
 不敵の笑みがリーフェを捕らえる。そのまま幸せな気分で、彼はリーフェを引き寄せた。
「・・・・・リーフェ・・・・・・・」
 甘い余韻に酔った様な男の声に、彼女は静かに首を傾げる。
「キスしていいか?」
 指をヘネラリーフェの顎にかけながら、彼が囁く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ダメ」
 その答えを耳にしたロイエンタールは一瞬、軽く目を見張ってヘネラリーフェを見直した。
「・・・・・・・・お前、さっき・・・・・」
 お許しが出たとばかり思っていたら、どうも違っていたらしい。ロイエンタールの表情を一瞥したヘネラリーフェは、ため息を一つついた。
「それと、これとは話が別でしょ!ロイエンタール!!何でキスにつながるのよ・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ケチ女」
 逆らうリーフェを押し倒しながら、ロイエンタールが唸る。
「ケチ女ぁ?!って、あのねぇ・・・・・・」
 ヘネラリーフェは必死にロイエンタールを押し退ける。
 そんな彼女を抱き込みながら、ロイエンタールはチラリと見えた無防備な彼女の首筋に噛みついた。
「きゃあ!!ロイエンタール!!!・・・・・・・この俗物大魔人っ!!!!!!」
「何だと?!このっ・・・・・・・・・・!!」
 肌に触れてくるロイエンタールに、声をたてて笑うリーフェ。
「くすぐったい!ロイエンタール!!やめてってば・・・・・・・・・もう!!」
 指先に心地よいリーフェの肌を感じながら、ロイエンタールが言った。
「うるさい。止めて欲しければ"愛している"とでも言ってみろ」
 強引なロイエンタールの申し出に、ヘネラリーフェは思わず吹き出した。
「・・・・・・・・・・・・言ったって止めないでしょ?あなたは」
「いいから」
「良くないっ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言えよ・・・」
 ヘネラリーフェを組み敷いて、息の触れる距離で、ロイエンタールが求める。
 そんな彼の耳朶を指先で軽く引っ張ると、ヘネラリーフェはその耳元に優しく囁いた。
 それは緑を潤す雨のように、彼が求めた甘く掠れる・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・I Love You・・・・・・・・・・・・」

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ありさん、素敵なお話をありがとうございます!!
私、上着になりたい~~~~~(って、これじゃあリーフェとイチャツキたいってことになるか)
ロイったら、ホント可愛い性格♪(^^;;)
大掃除で荒んだ私の心も、ホンワカ暖かくなりましたわ♪
本当にありがとございました。

 

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