沈丁花 ー外伝ー
フェルナーがマリア・ミヒャエル、通称ミミの消息を訪ねにハイネセンへ経った数日後、ロイエンタールはFTLでシャーテンブルク要塞にいるヘネラリーフェとくっちゃべっていた。
話しのついでに、ついあの写真を見せてしまう。
『あら、沈丁花ね、その木』
「やはりハイネセンでは至る所にある木なのか?」
『そうよ。そういえば帝国では見かけない木よね』
やっぱり、風土・気候が違うからかしら。
「温室栽培は出来ないのか?」
『冬に咲く花なのよ。温室栽培なんて出来るわけないじゃない。その香りが漂いだすと、春を感じるわけ』
「なるほど」
『ね、その写真、もっと良く見せて』
「あ、ああ」
ロイエンタールは写真をFTLの画面に近づけた。
『やっぱり……』
「どうかしたか?」
「私、この子、知ってるわ」
「な、何~~~~~!?」
ロイエンタールは、思わず叫んでいた。
ハイネセンに経ったフェルナーからは、まだ消息は掴めないとの連絡が入っている。
彼程の男が苦戦しているというのに、目の前の女性は件の女性をアッサリと知っていると言った。
ロイエンタールでなくても、叫びたくなるだろう。
ケスラーに知らせてやったら、きっと狂喜乱舞するに違いない。
「どういう知り合いなんだ?」
『士官学校の先輩後輩』
「どっちが先輩なんだ?」
「ミミの方よ」
私より二年先輩だったの。
『でもねぇ、もうホント同盟語が下手くそでねぇ』
しかも、士官学校のカリキュラムの方も冴えない成績ときた。
『何度か、航路計算とか砲撃の距離計算なんかの勉強を見たことがあるんだけど、マジで出来が悪くて』
昔を思い出したのか、ヘネラリーフェがクスクスと笑い出す。
『まあでも、同盟語が下手なのは、亡命してすぐだからだったのね。それなら頷けるわ』(←ちなみに、ヘネラリーフェは亡命時、同盟語をなんとか喋ることが出来たという秀才児)
でも、士官学校の方は、洒落にならない成績で、ヘネラリーフェはこのまま彼女が軍人になったら、どうなってしまうのだろう?と、本気で心配したという。
『そんな時に、モデルのお誘いがあったのよね』
「モデル?」
「そうよ」
多分、まだ続けていると思うわ。
『本当は、私も一緒に誘われたんだけど』
「お前が?」
ロイエンタールは目を白黒させた。
いや、確かにヘネラリーフェの見てくれは、モデルに相応しいものがある。だが……
「お前には無理だろう?」
ヘネラリーフェの全てを知り尽くしたロイエンタールが笑った。
『よくわかったわね」
そうなのよ……私では自己主張が強すぎて、服を見せられないって言われちゃったのよね。
「やっぱりな」
ヘネラリーフェは美しくて魅力的だが、それが前面に出てしまい、恐らくショーを見に来た人間は、服よりモデルの方に目がいってしまうことだろう。
『それより、ミミの行方を捜しているのよね?』
「そうだ」
年が明けたらケスラーはマリーカと結婚する。
「出来ればそれまでに見付けて、フェザーンへ呼び寄せたいとケスラーは考えているだろうな」
その為に、近くオーベルシュタインもハイネセンへ赴くことだろう。
『そう、オーベルシュタイン元帥がハイネセンへ行くの』
暫し考え込んだヘネラリーフェは、逡巡の後、こう述べた。
『私、ハイネセンへ行こうかな』
「お前が?」
『近く、ハイネセンで会議があるのよ』
そのついでに、ミミの消息をあたれば良い。
「出来るのか?」
『士官学校の名簿からあたっても良いし、彼女に声を掛けたモデルクラブの連絡先なら私も知っているから』
だから、多分私が一番ミミに近い所にいると思うわ。
「やってくれるのか?」
『貴方からのお願いってことにすれば、無条件でJaと言うわ』
ヘネラリーフェの悪戯っ子のようなウインクに、ロイエンタールは縋ったのであった。
***
ヘネラリーフェが出向くまでもなく、フェルナーはミミの消息を掴み、アタックも試みた。
だが、当のミミが、自分はマリア・ミヒャエルではなく、ミシェル・シェリングだと言って聞かない。
何度か訪ねたが、門前払いを食うばかりだ。
そうこうしているうちに、オーベルシュタインがハイネセンへ到着した。
そうして彼がミミと再会してみれば、懐かしい「パウル様」の前に、彼女の意地は霧散してしまったのである。
だが彼女はフェザーンへ行くことを由としなかった。
大好きな「ウイルリッヒ兄様」に、亡命者の妹がいることを知られたくなかったのだ。その所為で、憲兵総監である兄様を傷付けてしまうかもしれない。
そして、自分がよろこんでケスラーとマリーカの結婚を祝福できるのかも、わからなかった。
「あら、亡命者だからって、そんなに卑屈になることはないのよ」
オーベルシュタインの胸の中で泣き続けるマリアの耳に、アルトの呼び掛けが流れ込む。
咄嗟に顔を上げたマリアは、絶句した。
「貴女……リーフェ? リーフェよね?」
「そうよ、ミミ先輩」
軍服姿のヘネラリーフェにマリアは駆け寄った。
「本当に、あのリーフェなの?」
「そうよ」
本当の本当に?
「本当だってば」
ウインクするヘネラリーフェに、マリアは抱き付いた。
出来の悪い先輩に、叱咤激励する後輩の姿が懐かしく甦る。
つたない同盟語を話すマリアに、航路計算や砲撃の距離計算を教えてくれたのは、後輩のヘネラリーフェだった。
「そういえば、リーフェも亡命者だったわね」
「そうよ。でもって、今は天下のロイエンタール元帥の愛人」
「え?」
マリアは目を丸くした。
でも、目の前の青緑色の瞳に琥珀色の髪をもつ美貌の後輩の出で立ちは、明らかに同盟軍の軍服だ。
それに良く見ると……
「この階級章って、中将……貴女、中将閣下なの!?」
「えへへ、実はそうなのだ」
「凄い、大出世じゃない!?」
「いや、でも紆余曲折はあったのよ」
戦闘で双璧に負けて、ロイエンタールの捕虜になったこともあった。
「結構酷い扱い方をされてねぇ」
今思い出しても、ゾゾケが走るわ。
「貴女が捕虜?」
「そう」
「でも、ロイエンタール元帥の愛人だって」
「憎みきってしまったから……もう愛することしか出来なくなってしまったの」
そして、ロイエンタールの想いもまた同じだ。
「ね、亡命者だからって卑屈になる必要はないって言った私の言葉、わかるでしょ?」
そんなことを言っていたら、私なんてどうなるの?
「亡命者な上に、軍人で、それでもって捕虜になっちゃって、その結果捕虜にした本人と愛し合っちゃって、フェザーンにいる間は彼に甘えきって生活しているのよ」
「でも、お仕事もしているんでしょ?」
「彼女は、今現在、中将位にあると同時に、同盟軍外周艦隊の総司令官ですよ」
オーベルシュタインの冷たい声がマリアの耳に流れ込んだ。
「艦隊総司令官なの?」
凄い、凄すぎるわ……
「ヤン提督に無理矢理押し付けられちゃって」
ペロリとピンク色の舌を出して言うヘネラリーフェの今を、だがマリアは眩しく感じずにはいられなかった。
「ミミ先輩は、モデルのお仕事を続けたいのね」
それにこのハイネセンで、彼女は居場所を見付けたも同然だ。その複雑な心理がヘネラリーフェにはわかった。
「憲兵総監は、自分のいる所こそが、ミミ先輩のお家だと言うでしょうね」
それに同時に、マリアがショーモデルとしてはもう歳などだということもわかる。
その辺りは、フェルナーが散々マリアに吹聴していた節があるが……
「私に一つ良い案があるのだけど」
「?」
「教える替わりに、交換条件があるわ」
「何?」
「一度フェザーンへ行って、憲兵総監に会うの」
そうしたら、教えてあげるわ。
ヘネラリーフェの言葉にマリアは絶句したが、オーベルシュタインの勧めもあり、結局彼女はフェザーンのケスラーの元に行くことを了承したのであった。
***
大捜索の慰労会とマリア・ミヒャエルの歓迎会とケスラーの婚約祝いと、いくつもの名目を重ねて借り切ったレストランで、諸提督達はドンチャン騒ぎを繰り広げていた。
ロイエンタールとヘネラリーフェはまだ姿を現していない。
その頃、ロイエンタール家では……
「ロ~イエ~ンタ~ル~~~」
その深紅の薔薇の束は誰にあげるの~~~
「しかも、ご丁寧に二つも!!」
ヘネラリーフェの声に、ロイエンタールは飛び上がった。
「いや、これは……」
「言い訳しなくて良いわよ」
どうせ、ミミ先輩とマリーカにでしょ?
「怒らないのか?」
「貴方の女好きは、今に始まったことじゃないから」
「でも、今はお前だけだ……」
他人にプレゼントする薔薇の花束を抱えて言う台詞ではない。
「はいはい、わかってます」
抱き付いてくるロイエンタールの腕をペチンと叩くと、ヘネラリーフェはロイエンタールを引きずって車中の人となった。
レストランに着くと、マリアが質問攻めに合っていた。
近付きすぎすぎるミュラーを、ケスラーが後ろから引っ張っていたりもする。
「う~ん、彼もただの大甘なお兄様なのね」
あれは、ヘネラリーフェに対するロイエンタールとそう変わりがない。
「あはは、ダグもあんな風だったなぁ」
「そうなのか?」
「そうなのよ、ダグも大甘のお兄様ぶりでねぇ」
懐かしそうに言うヘネラリーフェの言葉に、ロイエンタールは複雑な表情をした。
「何をお話しているのかなぁ?」
ヘネラリーフェがズカズカと話しの中に入っていく。
ロイエンタールは、持ってきた花束を、まずマリーカに渡し、そして自己紹介を兼ねて近付いたマリアに渡した。
マリアは、ロイエンタールがヘネラリーフェの愛人だということには興味を持ったようだが、人間ロイエンタールには興味を持たなかったようで、あまよくば……というロイエンタールの企ては徒労に終わった。
尤も企てが成功していれば、ヘネラリーフェに蹴りの一つや二つ、食らわされていたに違いないが……
「あ、フロイライン、丁度フロイライン・ミミのハイネセンでの生活をお聞きしていたのですよ」
どうやら、士官学校での成績が超絶に悪かったこと、そんな時にモデルクラブからお声が掛かったことも既に話したようだ。
「フロイライン・リーフェとは、士官学校で二年だけ一緒だったのですってね」
先輩後輩の仲なのに、師匠師弟関係は逆転していたとも聞いた。
その時、マリアがヘネラリーフェに駆け寄った。
「リーフェ、貴女の生い立ちを聞かせて」
「それは……」
ヘネラリーフェは口籠もった。
「それは……貴女の好きなパウルお兄様に聞けば良いわ」
ね? オーベルシュタイン元帥?
「貴女なら、私の全てをご存知でしょう?」
嫌味満々の笑みにオーベルシュタインは、マリアにだけ聞こえる声でヘネラリーフェの生い立ちを掻い摘んで話した。
10歳で実父の戦艦に悪戯心で潜り込んだこと。その艦が皇宮の派遣争いから陰謀に巻き込まれ最前線で孤立してしまったこと。実父が自爆装置を作動させて自害したこと。その実父の願いで、ヘネラリーフェが同盟のビュコック提督に引き取られたこと。士官学校に入学したこと。ロイエンタールに軍人だった婚約者を殺されたこと。そしてロイエンタールと戦い敗北し、彼の捕虜になり、嗜虐の限りを尽くされたこと。そして、彼と愛し合ったこと……
「…………」
今も昔のような輝きを失わないヘネラリーフェに、そんな過去があったことがわかり、マリアは暫し声も出なかった。
***
宴会が落ち着きを取り戻した頃、マリアはヘネラリーフェに訪ねた。
「あの、例の良い案ってのを、聞かせてもらいたいのだけど」
「ああ、あれね」
ヘネラリーフェは笑いながら、思いも寄らぬことを言い出した。
「テオドール・リースエールって知っている?」
「知っているも何も、メンズブランドの最高峰だわ」
「さすがモデルね」
「でも、リースエールは、メンズしか扱ってない筈だけど?」
「それがね、この冬からレディースも扱うことになったの」
「それと私と、どういう関係があるの?」
キョトンとしたマリアに、ヘネラリーフェは表情を引き締めて話し出した。
「テオが言うには、メンズは自分の着たい服を作れば良いのだけれど、レディースはそうもいかないんですって」
「それで?」
「彼はイメージモデルが欲しいと言っているの」
自分のデザインの元になる素材が欲しいのだ。
「ちなみに、今期の分は、何を元にデザインしたの?」
「わ・た・し」
「ええ~~~~~~!?」
誰もが叫んだ。
「だから、春から夏の間、ハイネセンからの客が多かったのか!?」
ロイエンタールが怒気を含んだ声で叫ぶ。
「良いじゃない、イメージモデルくらいで怒らなくても」
別に人前で脱ぐ訳じゃないし、ショーに出た訳でもない。
それに、ちゃんと報酬も貰っていたし、最新ドレスも貰っていた。
「私がハイネセンにいないから、彼の方から押しかけてくれたのよ」
でも、それも限界……
「軍人なんてやっているし、年の半分は宇宙だし」
イメージモデルを続けるのは至難の業である。
「一応、私の等身大パネルを作らせたのだけど、実物じゃなきゃ嫌だとテオが言うものでね」
だから、彼の来訪を受けていた。
「まさかと思うけど……」
「そう、そのまさかよ」
貴女に、リースエールのイメージモデルを受けて欲しいの。
「そ、そんな大仕事……」
「あら、銀の妖精さんだもの、大丈夫よ」
とにかくテオに合わせるから……
そう言って、ヘネラリーフェは携帯を取り出した。
「もう入って来ても良いわよ~~」
携帯に叫んだと同時に、一人の男がレストランに姿を現した。
「おお、リーフェ、私のマイレイディ♪」
深紅の薔薇の花束を抱えてヘネラリーフェに抱きつくと、彼はロイエンタールの存在など目もくれずに、彼女の頬にキスをした。
「お、お前の信望者か……?」
ワナワナと静かに怒りながらロイエンタールが問う。(←ちなみに、リーフェの信望者は、政財界、芸術界、軍など、多義にわたって、わんさかいるとかいないとか)
「まあね」
フフっと笑うと、だがヘネラリーフェは真面目な顔でテオドール・リースエールを引き離した。
「テオ、今日は真面目なお話がしたくて連絡したのよ」
そう言うと、彼をマリアの前に連れていった。
「リーフェ、彼女って、まさか銀の妖精?」
「そうよ、さすがデザイナーね」
「デザイナーだって、人間だよ。僕は彼女と知り合いたかったんだ」
「そう、それは願ったり適ったりだわ」
「え?」
「あのね、イメージモデル、彼女ではどうかと思うのだけど、どう?」
「え? 本当に?」
「だって、貴方ったら私のこの髪が銀髪だったら良いのになんて失礼なことをぬかしたじゃない」
「そりゃあそうだけど、琥珀色の髪の君も好きだよ」
「はいはい、ありがとう」
で、マリアのことはどう?
テオドールは数瞬考えた。が、返事は早かった。
「OK、というか、大歓迎だよ」
銀の妖精が僕のイメージモデルになってくれるなんて、なんて幸運なんだ♪
「ひとまず、5年契約ではどうだろう?」
その後も、契約を更新すれば良い。
「なんだったら、生涯契約でも構わないよ」
ウインクするテオドールの顔を見た後、マリアはヘネラリーフェを見やった。
ヘネラリーフェの青緑色の瞳は、GOサインを出している。
「あの、私、化粧品会社とも契約を結んでしまっているんですが」
「何年?」
「一年です」
「構わないよ、その間は来られる時にだけ来てくれれば良いから」
ついでに、リーフェもハイネセンに帰ってきた時に、来てくれると嬉しいんだけどなぁ……
「私は遠慮しておくわ」
ヘネラリーフェは苦笑で応えた。
「あの、本当に私で宜しいのですか?」
「勿論。あ、ハイネセンへ帰ったら、報酬のことも話し合おうね」
帰るという言葉に、ケスラーは反応した。
ミミのお家は自分のいる場所だと思っていたいのだ。
「ありがとうございます。そのお話、よろこんでお受け致します」
だが、マリアは、イメージモデルの件を受け入れてしまった。
もう取り戻すことは適わないのだろうか?
いや、マリーカと結婚しようとしている自分がマリアを引き留めるのは、身勝手なことなのかもしれない。
彼女にも、幸福になる権利はあるのだ。
自分の手の中にいたのでは、マリアは飛び立てない。自分の幸福を自分の手で掴むことは出来ない。
「帰ってきてくれるよな、時々は?」
ケスラーがマリアに尋ねた。
「そうね、結婚式には顔を出すわ」
「その他にも、年に数回は顔を出してくれ」
「新婚家庭には、お邪魔虫じゃない?」
「あら、構わないわ、ウイルリッヒ様の妹さんだもの、いつでも大歓迎よ」
それに、私達は姉妹になるのだから。
マリーカが笑顔で言い放った。
「決まったわね」
ヘネラリーフェの笑顔が弾けた。
「テオとの契約の保証人には、貴方がなれば良いわ」
ね、憲兵総監閣下♪
「丁度良い、契約書持ってきたから、この場でサインしてもらおう」
テオドールが鞄から書類を出す。
「如歳ないわね」
「なんとでも」
その場で、マリアは契約を交わした。
ケスラーは書類の保証人のラインに、記名して拇印を打つ。
「契約完了ね、じゃ、乾杯!!」
ヘネラリーフェがグラスを掲げると、諸提督達も一斉にグラスを掲げ、これからのマリアの前途を祝福したのだった。
***
それから三日後、ヘネラリーフェとマリア、それにロイエンタール、ミッターマイヤー、ケスラー、オーベルシュタインを含んだ諸提督達にマリーカも加わった面々が宙港に姿を見せた。
繋留されている『シリウス』を見たマリアは歓声を上げている。
「凄く大きな船♪」
「この艦は、特別なんだよ。外周艦隊という役目上、どんな艦より強く早く戦うことが出来るように作られているんだ」
ケスラーが優しくマリアに説明してやる。
「昔、兄様が乗っていたお船が空を飛ぶのを見て、とっても怖いと思ったけど、今度は私がこんな大きなお船に乗れるのね」
ハイネセンに亡命した際は商船だったので、その大きさを比べると、驚きとよろこびがない交ぜになる。
「船足が速くて強いのは、エンジンが同盟帝国どちらの物とも、全く異なった作りをしているからなのよ」
動力自体が違うのだ。
「ハイネセンまで、通常航行(勿論ワープ有り)一週間掛からずに着くわ」
ただし、連続ワープをすれば、三日で到着出来る。
「でも、それはミミ先輩には、ちょっとキツイだろうから、今回は通常運航で行くわね」
動力だのワープだのということは、士官学校の成績から見ても既に訳がわからない状態のマリアだったが、ヘネラリーフェの言っていることは信頼できると見え、彼女はコックリと頷いた。
「出航準備、整ったぞ」
タラップに現れたシェーンコップがヘネラリーフェに叫んだ。
「了解」
その言葉を受けて、ケスラーはマリアを抱き締めた。
「元気で……」
年明けの結婚式、絶対に来ておくれ。
「それから身体を大切に」
俺は、いつでもお前を待っているから。
「帰りたくなったら、いつでも帰っておいで」
「ありとう、兄様」
でも私、やれるだけ一人でやってみるつもりよ。
マリアの姿を見ながら、ヘネラリーフェはロイエンタールに近付いた。
「じゃあね、ロイエンタール」
「もう行ってしまうんだな」
「何言っているのよ、本来ならこの時期に会うなんてこと出来なかったのよ」
まだ要塞勤務中の身なのだから。
「そうだったな」
だが、ロイエンタールの顔は寂しそうだ。
ヘネラリーフェは思わずロイエンタールに抱き付いていた。
抱き付いてきた華奢な躰を、ロイエンタールもまた強く抱き締める。
「そんな顔しないで、年が明けたら会えるんだから」
一月チョイのことじゃない……
「時間があったら、年末のカウントダウンパーティーにいらっしゃいな」
ヤン・ファミリーが主催するパーティーは、本当に楽しいんだから。
「そうだな、行ってみるかな」
「そして、一緒にハイネセンに行って、お義父さんとお義母さんに会って、それからミミ先輩を連れてフェザーンに帰ってくるの」
どう? 良いアイデアでしょ?
「そうだな、良いアイデアだな」
「では、フロイライン・リーフェが妹を連れて帰って来て下さるのですね」
ケスラーの顔が少し明るくなった。
「ええ、嫌だと言っても、引きずってくるから、安心して下さいね」
「信頼申し上げておりますよ」
ケスラーの言葉にニッコリと微笑むと、ヘネラリーフェは再度ロイエンタールと向きあった。
「本当にもう行かなきゃ」
「ああ、そうだな」
そう言うと、ロイエンタールはヘネラリーフェの躰を抱き寄せ、頤に手を掛けて上向かせると、深く深く、万感の想いを込めて口付けた。
「ミミ」
それを見ていたケスラーがマリアを呼ぶ。
「なあに、兄様?」
突如、マリアの口唇をケスラーのそれが覆った。
「元気で」
「ありがとう」
マリアの白い頬に涙が零れ落ちる。
見かねたヘネラリーフェが声を掛けた。
「そろそろ行きましょうか」
「ええ」
だが、マリアはロイエンタールを複雑な思いで見やった。
「あの、ご免なさい。リーフェを振り回して、貴方を辛い目に合わせてしまって」
「フロイラインが気にされる必要はありませんよ」
今回のことは、ヘネラリーフェが好きで動いたことだし、半年間会えないのを承知の上でヘネラリーフェを宙へと送ったのである。
「それに私も貴女のことが気掛かりでしたから」
先程の、二人の情熱的なキスシーンが甦る。
(どんな想いで、この人は、リーフェを見送っているのかしら)
いつも危険で満ちあふれている大海原に、どんな想いで送り出しているのだろうか。
そして、その気持ちは、きっとウイルリッヒ兄様も同じなのだろう。
「先輩」
タラップからヘネラリーフェが呼んでいる。
マリアは、慌ててタラップを駆け上った。
タラップの上で今一度振り返る。
そこには、旅立つヘネラリーフェとマリアに対して捧げているのであろう、諸提督達の敬礼姿があった。
マリアの頬にまた涙が零れ落ちる。
だが彼女は振り切るようにして、艦の中に入って行ったのだった。
そうして、愛しい人を乗せたシリウスは轟音を上げて、発進して行った。
ここから、マリア・ミヒャエルの新たなストーリーが始まる。
PS:ミッターマイヤーからの沈丁花をハイネセンから持っ
てきて欲しいという願いは結局ヘネラリーフェが申し受
けた。
「来月、帰って来る時に、お持ちしますわ」
と、にこやかに言った彼女が、一体何株の沈丁花を持っ
てくるか想像している者は、まだいない。
Fin
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
*かいせつ*
煩悩の為すがままに、ついつい他人様の作品に手を出してしまった私……
というわけで、みのりさん宅の「沈丁花」の外伝として、リーフェとミミのコラボレーション話を書いてみました。
とりあえず、先にみのりさん作の「沈丁花」を、お読み下さい。
感想なんて下さいなんて言うのはおこがましいのですが、でもいただけると嬉しいな♪
2005/10/22 かくてる♪ていすと 蒼乃拝