ヒロインは不要
2月中、ロイエンタール家はトンテンカンテンと五月蠅かった。
庭の奥深くから響いてくるその音に、当然の如くヘネラリーフェは反応したが、だが膨大な書類の束に埋もれている最中の彼女としては、見に行きたくても行けない状況で……
結局、好奇心旺盛なヘネラリーフェとしては珍しく、彼女はその騒音の正体を見極めることは叶わなかった。
そして、気付けばいつも通りの静寂が戻っており、そして季節は3月へと変わっていた。
その日、ロイエンタールはヘネラリーフェを書斎に連れ込んだ。
ロイエンタールの書斎のデスクの上には書類がうず高く積まれている。
「あらあら、私が書類との格闘が終わったと思ったら、今度は貴方?」
これでは、暫くすれ違いの生活ね。
だがロイエンタールは頸を横に振った。
「お前と一緒にするな、これはもう終わった分だ」
だが、その代わりに……
「まだ端末の仕事が残っている」
そこでだ……
「お前、今日1日、俺の傍にいろ」
「良いけど、邪魔じゃない?」
と言うか、集中出来ないのではないのだろうか?
ヘネラリーフェの心配は杞憂だった。
「お前が傍に居てくれた方が、落ち着く」
素面でそういう事を平然と言ってのけるロイエンタールの言葉に、ヘネラリーフェは頬を紅らめた。
「じゃあ、着替えて貰おうか」
「は?」
何故に書斎で仕事をする愛人の傍にいるだけの為に着替えなくてはならないのだろうか?
ちなみに、今ヘネラリーフェが着用しているのは、いかにもロイエンタール好みの、というか、ヘネラリーフェに良く似合うふんわりとしたシルクのドレスだ。
勿論既製品ではなく、完全なオーダー品である。
ちなみに、ヘネラリーフェの衣服は全てオーダー品だ。
部屋着にしては贅沢すぎるとヘネラリーフェは思うのだが、ロイエンタールが喜ぶのなら、それもまた由である。
「着替えるって、何に着替えるの?」
今正しく自分はロイエンタール好みの服を着ている。
なのに着替えろとはどういう意味なのか?
だが、ロイエンタールが次に取った行動は、ヘネラリーフェを黙らせるに十分な物だった。
ロイエンタールがメイド達を呼びつける。
すると、彼女達は何やら箱をワラワラと運び入れ出した。
その箱の形状から、ヘネラリーフェは中身を見事に言い当てた。
「和服ね?」
「そうだ」
だが、ロイエンタールの金銀妖瞳は、どこか笑いの微粒子を含ませている。
「???」
不信な表情のヘネラリーフェに向かってロイエンタールは端的に言い放った。
「開けてみろ」
「う、うん」
メイド達はまだ部屋の中にいる。
と言うことは、この箱の中にあるだろう和服は1人では着用が難しい代物だと言う事だろうか?
ヘネラリーフェは鋭くそう考察した。
そもそも、和服と言うには、箱の数が多すぎるのだ。
ヘネラリーフェは恐る恐ると言った体で、箱を開けていった。
箱を開けるヘネラリーフェの可憐に色付く口唇から飛び出したのは、だが歓声。
「わ~~ これって♪」
小袖に緋の長袴、色とりどりの桂、裳に唐衣。
「これ、十二単ね?」
「そうだ」
確かに、この衣装は1人では着られない。
だが、疑問が浮かんだ。
どうして、今、この時に「十二単」なのだろう? と……
素直に疑問をぶつけたヘネラリーフェに、ロイエンタールは苦笑しながら答える。
「今日は、未婚の女にとって、大切な日だろう?」
言いながら、重厚なデスクの上に置いてある卓上カレンダーをヘネラリーフェに見せた。
「あ!!」
そうだ、今日は3月3日。「桃の節句」だ。
「雛祭りだ~~~」
「そういう事だ」
「でも、なんだか悪いわ」
いくら桃の節句とは言え、こんな豪華な衣装をポンと作らせてプレゼントしてくれるなんて、嬉しいがちょっと勿体ないような気もしてしまう。
「別にお前が気に病む必要はない」
要は、ロイエンタールがヘネラリーフェの十二単姿を見てみたいと思っただけなのだ。
「とにかく、早く着替えてくれ」
でないと、仕事が出来ない。
随分と勝手な事を言ってくれるとは思ったものの、ヘネラリーフェはその言葉に大人しく従い、愛人とは言え一応男であるロイエンタールの前で着衣をスッパリ脱いだ。
そこでロイエンタールの中の悪戯心が頭を擡げる。
「その衣装を着ていた時代の女は、下着も身に付けていなかったと聞いているが?」
青緑色の双眸が、二色の瞳を睨み付ける。
だが、ヘネラリーフェはこれもサービスだと割り切ったのだろうか。
意外な程にアッサリと彼女は全裸になった。
頬を紅らめたのは、メイド達の方である。
(尤も、美しいヘネラリーフェの肢体に見惚れていた物もいるだろうが……)
ヘネラリーフェは自分の事は極力自分でやる女なので、メイドとは言え、彼女の肌など殆ど見たことがなかったのである。
恐らく、怪我をした時とか、寝込んだりした時にしか肌を見た事がないだろう。
それはそれとて、メイド達も逆にいつまでに女主人の全裸を見つめてはいられないとばかりに、いそいそと十二単の着付けを始めた。
小袖と長袴を着せ、単衣を着せ、桂を何枚も着せ、唐衣を着せ、そして最後に裳の腰紐を結ぶ。
文章では簡単だが、時間は掛かった。
だが着付けが終わったヘネラリーフェの姿はロイエンタールが想像した通り、見事な程に美しく、輝いている。
思わず溜息が出た。
だが、見惚れるロイエンタールとはうってかわってヘネラリーフェは些か辛そうだ。
「どうした?」
「いや、凄く綺麗だから嬉しいんだけど、やっぱり重い……」
そりゃそうだろう。
しっかり折られた生地の桂を12枚も重ねているのだから。
(ある文献では、十二単とは12枚桂を着ているのではなく、薄衣を20枚程重ねたと言う話しもある)
「何かの本で読んだが、そういう衣装を着る女性は、当然の如く、かなり身分の高い貴族や皇族の女性達だったそうだ」
「そうでしょうね」
「それだけの衣装を着るとなると、お前が言ったように相当重い」
「分かるわ~~」
ヘネラリーフェの言葉には実感が込められており、ロイエンタールは思わず失笑した。
「故に、身分の高い女性達は、立ち歩くという事が殆どなかったらしい」
「へぇ~~~ でも、なんだか健康には悪そうね」
一生、殆ど動かないで過ごしたら、肥満にもなるだろうし、むくんだり脚気を患ったりしそうなものである。
「まあ医学もそう発達していない時代だし、祈祷や陰陽師というのを本気で信じていた時代だからな」
だから、長生きなど出来なかったのだから、十二単を着ていようが着てなかろうが、そう変わりはなかっただろう。
「説明はもう良いから、さっさと仕事をしたら?」
もう十二単を着たのだから、ロイエンタールの方も頭を切り換えるべきだとヘネラリーフェは思った。
だがロイエンタールは涼しい顔で言い放つ。
「仕事をするのは、此処ではない」
「へ?」
クスクス笑いながら、ロイエンタールは尚言葉を綴った。
「お前も気になってしょうがなかったのではないか?」
それが、2月中ずっと庭の奥から響いてきた騒音の事を言っているのだとヘネラリーフェは察した。
「そうなんだけど、忙しくて見逃しちゃったわよ」
そして、気付いたらあの騒音はなくなっていたのだ。
「その種明かしを今しようと思ってな」
言うなり、ロイエンタールはヘネラリーフェを軽々と横抱きに抱き上げた。
驚いたのはヘネラリーフェの方である。
「ロイエンタール、いくらなんでも重いでしょ?」
十二単は20Kg程あると言われている。
「20Kgにプラス私の体重よ」
いくら屈強で馴らした軍人と言っても、無理があるのではなかろうか?
だがロイエンタールへ平然と歩き出した。
「こういう事を一度してみたかったんだ」
それに、本当に重くないのだ。
ヘネラリーフェは元々軽いし、それに20Kg増えたくらいで、重いとは感じられなかった。
いや、相手がヘネラリーフェだからと言うこともあり得るのだが……
それに、そもそも恐らく平安時代の男なら、こういう事をしていただろう。
あの時代の人間に出来て、自分に出来ない筈はない。
いや、実際に出来ているのだから、良いのだ。
ロイエンタールは階下へ降りると、庭へ出、庭を突っ切って敷地の最奥までヘネラリーフェを運んだ。
「!?」
青緑色の双眸に飛び込んできたのは、数寄屋造りの和風別邸とでも言ったら良いだろうか?
決して広くはなさそうだったが、新しい檜の香りが心地良い。
枝折り戸を開け、ロイエンタールはその別邸へと入って行った。
玄関を上がり、奥へ進むと空間が広がる。
香を焚きしめた和室は、3間続きになっていた。
辿り着いたのは、丁度真ん中にあたる部屋である。
重厚な座卓の上には端末が置かれている。
ロイエンタールはその座卓の前にヘネラリーフェをそっと降ろした。
「こんな物を作っていたのね?」
「お前、和風が好きだろ?」
この所、ヘネラリーフェはずっと部屋着も夜着も和服で通している。
それを推し量った結果が、この別邸だ。
「本当は、お前の誕生日にこれを見せたかったのだが」
だがその時期は、ヘネラリーフェは要塞勤務である。
それで、桃の節句にプレゼントしようと思い立ったのであった。
「あの…… こんなの建てちゃってさ、凄く嬉しいけど、私がこっちに籠もりっきりになっちゃったら、どうするの?」
「そうなったら、俺も此処に籠もるさ」
ロイエンタールは笑いながらそう答えた。
「実は、もう1つプレゼントがある」
「なぁに?」
十二単に別邸…… これで十分過ぎると思うのだが、まだ何かあるのだろうか?
疑問顔のヘネラリーフェの眼前で、ロイエンタールは隣室へ続く襖を開けた。
ヘネラリーフェの目に飛び込んできたのは、豪華な雛飾り。
「うわ~~~~~」
7段飾りの豪華な品である。
しかも、衣装・調度、どれをとっても一流品としか思えない程に、何かオーラのような物を放っている。
しかし、そこでヘネラリーフェの頸が傾げられた。
何かが足りないのだ。
「???」
雛飾りを凝視し、ヘネラリーフェはようやく合点がいった。
「ロイエンタール、ヒロインがいないのだけど?」
そう、7段飾りの天辺には、お内裏様はいるのに、肝心のお雛様がいなかったのだ。
「お雛様は必要ない」
と言うより、もういるのだ。
「は?」
「お雛様はお前だ」
ロイエンタールは片膝を付いてヘネラリーフェと視線を合わせると、彼女の頤に指を掛けて上向かせ、薄紅色に色付く可憐な口唇に、そっと口付けた。
口唇が離れると、ロイエンタールはヘネラリーフェを抱き締めながら耳元に囁く。
「お前がお雛様なんだよ」
だから、十二単を着せた。
ヘネラリーフェの貌が紅くなる。
(どうして、この人って、こういう気障な事を素面で言えるのかしら?)
だが、同時に嬉しくもあった。
いくら軍人とは言え、ヘネラリーフェは女である。
特に和服が好きなヘネラリーフェとしては、十二単は憧れの物であった。
それを着せてもらい、しかもお雛様扱いである。
嬉しくない筈がなかった。
しかも、ロイエンタールは恐らく実に細かく当時の文献を調べたのだろう。
ヘネラリーフェの装いは『桃』と呼ばれる「薄紅」と「萌黄」を基調にした色目の衣装だった。
高貴な色は紫と白と言われているが、だがそれよりも『桃』は、ヘネラリーフェをより一層可愛らしく見せる役割を果たしている。
「あの…… 有難う……」
気障な言葉は恥ずかしいが、でもロイエンタールの心遣いが嬉しかった。
「じゃあ、俺は仕事をするから、お前は好きにしていろ」
「好きに?」
「ああ…… 此処にいてくれさえすれば何をしていても構わない」
そう言うと、だがロイエンタールはヘネラリーフェの身を案じて、脇息を用意してくれた。
それに持たれながら、だが暫くヘネラリーフェは仕事に集中するロイエンタールを見つめる。
ヘネラリーフェに甘いロイエンタールも好きだが、仕事中の真面目な彼の姿も好きなのだ。
暫くは、静かな空間に端末を操作するカタカタという音だけが響いていた。
ヘネラリーフェは、部屋の向こうに広がる和風庭園に咲く桃を見たり、ロイエンタールを見たり、雛飾りを見たりと、頸を忙しなく動かしている。
ロイエンタールは端末を操作しながらも、そんなヘネラリーフェを目の端に捉えて胸の中で苦笑していた。
が、やがてヘネラリーフェの動きが止まる。
どうしたのかと思い、こっそり目を向けると、彼女は檜扇をパタパタとはためかせていた。
「暑いなら、障子を開けても良いぞ」
てっきり仕事に集中しているとばかり思っていたロイエンタールに言葉を掛けられてヘネラリーフェは飛び上がった。
「ビックリした~~ 仕事してたんじゃないの?」
「こんなに傍にいるのだから、目の端にくらい入る」
「ゴメン、落ち着きがなくて」
「いや、それは構わんが、本当に暑いなら、障子を開けろ」
「私は厚着しているから良いけど、貴方が寒くなっちゃうんじゃない?」
「これくらいの寒風で泣き言を言うような男に見えるか?」
確かに、ロイエンタールの言う通りだった。
というか、ヘネラリーフェだって、肌襦袢1枚で平気で外に出るだろう。
二人は軍人なのだ。過酷な条件には慣れている。
だがヘネラリーフェは頸を振った。
「普通に生活している時くらい、軍人根性は忘れましょうよ」
実際の所、寒さに強いなら、暑さにも強い。
それが二人の軍人としての共通点でもある。
他にも色々と共通点はあるが、とにかく、軍人という職業を引き合いに出せば、一般人には無茶な環境でも大概耐えられてしまうのだ。
「とにかく、私は大丈夫だから、貴方は早く仕事を終わらせて」
そして、遊んで欲しい……
些か子供っぽい表現だが、折角十二単を着たからには、ロイエンタールに相手にして貰いたい。これがヘネラリーフェの正直な気持ちだ。
「分かった。もうすぐ終わるから、待っていろ」
「うん」
ヘネラリーフェの返事を受けて、ロイエンタールは再び端末に向かった。
あまりに集中しすぎてヘネラリーフェの存在を忘れたのが災いしたが……
気付いた時、あまりに室内が静かすぎる事に訝しさを感じたロイエンタールは目を上げた。
彼の二色の瞳に飛び込んで来たのは、脇息に頭を乗せて無防備な寝顔を見せるヘネラリーフェだったのだ。
遊んでやる前に、眠り込まれてしまった……
ロイエンタールとしては、舌打ちを禁じ得ない状況だ。
仕事は終わった。が、肝心なヘネラリーフェは眠っている。
起こすのは可愛そうだ。
ロイエンタールは、とりあえず雛飾りが飾ってあるのとは反対の襖を開けた。
なんとまあ手回しの良い事で、そこには布団が敷いてある。
不埒な事を考えていたのか、純粋に桃の節句を楽しもうとしたのかは分からないが……
それはともかくとして、ロイエンタールはヘネラリーフェを抱き上げると、起こさないように気を付けながら、彼女の華奢な肢体をそっと布団の上に降ろした。
さて、ここでロイエンタールは考え込んだ。
十二単を着せたままで寝かせるのは、辛いかもしれないと思ったのだ。
だが、脱がせようとすれば確実にヘネラリーフェを起こしてしまうだろう。
幸い、十二単は和服と違い、紐を何本も使っている訳ではなく、ましてや帯もなく、裳の腰紐一本で前を合わせてある状態である。
ただ、この姿に上掛けを掛ければ確実に暑がるだろう事は容易に想像出来た。
ロイエンタールは暫く逡巡したが、意を決して裳と唐衣だけ脱がせてやることにし、そっと腰紐を解き、彼女の躰の下から裳を抜き取り、そして細心の注意を払いながら唐衣を脱がせたのだった。
そうした所で、ロイエンタールは暫く何もせずヘネラリーフェの寝顔だけを見つめていた。
出逢った頃は、こんな無邪気な寝顔を見せてくれる事は当然の如くなかった。
気配にも敏感で……
ただ、ロイエンタールも同じように気配に敏感だったから、やはり二人は同じ人種なのだろうと思う。
二人の心が結ばれて後、二人の中から『病的な程の敏感さ』は消えた。
だが、ヘネラリーフェは今もまだ最前線に身を置く女である。
しかも、艦隊総司令官だ。
その所為もあってか、要塞勤務から戻ってすぐは、あの『病的な程の敏感さ』が顕著に表れる。
神経が鋭敏にもなっているようで、眠れない事も多々あるようだ。
1ヶ月もすると、消えるのだが……
つらつらと考えていると、ヘネラリーフェがうっすらと目を開けた。
「起きたか?」
ロイエンタールの言葉にヘネラリーフェは勢いよく飛び起きた。
「ゴメン!! 寝ちゃったなんて!!」
飛び起きた所で、自分が身に付けていた筈の裳と唐衣がないことに気付く。
ヘネラリーフェがバツの悪そうな貌をした。
「ゴメンね…… 折角節句をお祝いしてくれようとしてくれていたのに」
ロイエンタールは笑った。
「気にするな。節句を祝うからこそ、十二単をキッチリ着込んで寝ていたのでは辛い節句になると思っただけだ」
シュンと俯くヘネラリーフェの琥珀色の髪をロイエンタールはクシャリと掻き乱してやった。
そこへ執事が顔を出す。
どうやら、夕食を運んで来たらしい。
ヘネラリーフェの貌が輝いた。
「此処で、お食事するの?」
「今日は特別な日だからな」
ヘネラリーフェの誕生日は彼女が不在で祝ってやれない。
出来る事は、だから彼女のいる半年間にあるイベントだけだ。
一番てっとり早いのが、この場合『桃の節句』になる。
ヘネラリーフェは、どこにいようとロイエンタールの誕生日を祝ってくれるというのに、なんと不甲斐ない事だろう…… ロイエンタールはそう思っているのだ。
ヘネラリーフェがそんな事を気にするような女でない事は十分過ぎる程に分かっているのに。
食事の支度が整った。
ヘネラリーフェが自らで唐衣と裳を身に付けようとするのを見て、ロイエンタールは止めた。
「重いだろう? 食事にその格好で望むのは辛いのではないか?」
だがヘネラリーフェは頸を横に振った。
「だって、私が十二単姿じゃなくなったら、ヒロイン不在の節句になっちゃうじゃない」
笑顔が眩しい。
だが、確かにヘネラリーフェの言う事も尤もな事だった。
雛飾りの主役である雛人形がいないのだから、この場合ヘネラリーフェには十二単を着ていて貰わなくては困るのである。
目の保養も、もっとしていたいし……
ロイエンタールは少し考え、そして言った。
「では、裳と唐衣は脱いで、単衣と五衣と桂だけ着ていろ」
それが、貴族の女性の普段の装いだ。
「うん♪」
ヘネラリーフェはロイエンタールの言葉に素直に頷くと、そのように支度を調え、夕食の席に着いた。
桃の節句という事で、食事は懐石料理だった。
食事に舌鼓を打ち、お酒を呑んで……
そして、当然の如く、ロイエンタールはヘネラリーフェを寝室の布団の上に横たえ、不埒な手を長袴の紐の結び目へと伸ばす。
これさえ解いてしまえば、たちまち白皙の肌が露出する。
こんなに脱がせ易い衣装は無いだろう。
平安時代の男達も、さぞや忍んで行った先で事に及び易かったに違いない。
ヘネラリーフェは、ロイエンタールの行為を止める事はしなかった。
だが、愛撫に応えながらも、疑問を口にする。
「ねえ、ロイエンタール」
「何だ?」
行為を続行しながらロイエンタールが返事をする。
その吐息がヘネラリーフェの肌を泡立たせ、彼女は息を乱した。
乱しながらも言葉を綴る。
「雛飾り、明日仕舞っちゃうの?」
ロイエンタールは愛撫を止めてヘネラリーフェの貌をマジマジと見た。
「仕舞って欲しくないのか?」
「そういう訳じゃないけど」
「俺は仕舞うつもりなんだがな」
「どうして?」
ロイエンタールは、ヘネラリーフェが人形を仕舞わなければどういう意味になるのが知っている上でこんな疑問を投げ掛けているのだと気が付いた。
思わず呆れたような溜息が漏れ出る。
「あのなぁ、あれを仕舞わなくては、お前の婚期が遅れるんだぞ!!」
つまり、それはイコール、ロイエンタールの婚期も遅れると言う事で……
「ロイエンタール…… それって、プロポーズ?」
ロイエンタールは、頭を抱えた。
そんな意味合いの事は、もう何度も口にしている。
いや、言い換えればヘネラリーフェ以外の女を嫁に貰う気など毛頭ない。
どんなに時間が掛かっても良い。
オーベルシュタインの苦言も関係無い。
いつかは、ヘネラリーフェを本当の意味で自分の物にしたいのだ。
だがヘネラリーフェはケラケラと笑った。
「もう、とっくの昔に私は貴方だけの物じゃない」
「そうではなくてな……」
ロイエンタールは溜息を吐きつつ答えた。
「俺は、紙切れ1枚で縛り合うなぞ、ナンセンスだと思っていた」
だが、今は考えが変わった。いや、変えざるを得なくなった。
「お前を、その紙切れで縛りたくなった」
ヘネラリーフェはクスクスと笑いながら、だが真摯な眼差しでロイエンタールを見つめ返す。
「紙切れだけでなく、貴方の腕に捕らわれていたいわ」
結局の所……
「私は、ある意味、ずっと貴方の捕虜なのよ」
捕虜と言う言葉は、確かに良い意味ではない。
だが、今は甘美な言葉に聞こえるのも事実。
「じゃあ、縛り付けさけて貰うとするか」
二人は笑い合いながら、だがやがて強く抱き合い、口唇を深く重ね合い、淫靡な行為を続行した。
十二単を着崩したヘネラリーフェの姿は壮絶に色っぽく、ロイエンタールはその夜、ヘネラリーフェの中で何度も達したのだった。
Fin
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*かいせつ*
お雛祭りネタは、ヘネラリーフェに十二単を着せる事になりました。
ロイエンタールならやりそうかな? と思ったのですが、如何でしょう?
きっと、普段からゴージャスなヘネラリーフェが更にゴージャスに、尚かつ可愛らしくなったことでしょう♪
でも、ロイエンタールの台詞が気障~~~
書いているこちらの方が、赤面モノです(^^ゞ
ところで!!
3月に桃は咲くのでしょうか?
蒼乃、桃が咲いているのは、5月にしか見たことがありません!!
でも、桃の節句と言うくらいだから、一応桃が咲いているって事にしたのですが、本当に咲くのだろうか???
平安時代の事だから、きっと旧暦。だから現代とはちょっとズレますよね。
忠臣蔵で浅野内匠頭が切腹した時に桜が散っていたのと同じような感覚かもしれません。
私にイラストを描く才能があれば、是非にもヘネラリーフェの十二単姿を描きたい所ですわ(溜息)
で、結果的にやはりHシーンに持って行く私……(^^ゞ
でもって、プロポーズ? 的な言葉をロイエンタールが言っちゃっていますが、まあ彼はこんな言葉はしょっちゅう言っていますから(笑)
もしかすると、ヘネラリーフェって鈍感なのかもしれません(爆)
2006/03/08 かくてる♪ていすと 蒼乃拝