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いつか・・・(Felix)
 

フェリックス・ミッターマイヤーはこの年19歳になった。
士官学校を卒業した彼は中尉として任官することになっているのだが、その配属先が軍部でも話題になっていた。
始祖ラインハルト大帝の没後、帝国軍は緩慢な縮小の一途を辿っている。
皇太后ヒルダ体制の下、宇宙が統一政体の治下におかれ、彼女が政務をみるようになってから、経済の健全化をはかるために最初に手をつけたことだったが、亡き大帝の姿勢を引き継いだ軍国主義国家の色彩はそう何年かで消え去るものでもなく未だにローエングラム王朝での軍人勢力は無視できないものである。
彼ら軍部がヒルダの意向に表だって反抗をみせずむしろ率先して従っていたことは、彼女がただ美貌のみで大帝の配偶者たりえたからでなく主席秘書官として後には幕僚総監として大帝の治世に貢献していたということと、『獅子の泉の七元帥』の強力な指導体勢があったことも看過できない。
今は退役したとはいえ、ミッタマイヤー国務尚書はその中の主席の座をしめ、その息子が政界と軍部どちらを志すのか?ということは彼が皇帝アレクサンデルの友人であることと、また公然の秘密でもある彼自身の出自とから世人の注目を集めていた。
フェリックスが士官学校への進学を選んだ時に宇宙艦隊司令長官ビッテンフェルト元帥は「カエルの子はカエル」と彼なりに賛意を表明したものだった。
そして今回、彼は無事に士官学校を卒業し配属されることになった。
その配属先は宇宙艦隊司令長官を勤めるビッテンフェルト元帥か、統帥本部総長ミュラー元帥、軍務尚書ワーレン元帥の下であろうとの大方の予想を裏切って大本営幕僚総監、沈黙元帥アイゼナッハの下ということが発表されていた。

「ハイ、フェル。元気にしてますか?こちらはいよいよ実習が始まりました。解剖の後にタルタルステーキを食べるってことももう平気になっちゃったわ。
あなたが訓練でどんな怪我しても私が『優しく治療』してあげるから楽しみにしててね。一人前になるまで大怪我しちゃダメよ。じゃ、アウフウィーダゼン」
軽いウェーブのかかったハニーブロンドに薄茶色の瞳の少女が彼に向かってウィンクとふざけたような素振りの投げキスを送るとメールディスクはあっさりと終わった。
「言いたいことだけ言って切りやがって。今度いつ帰る?とか会いたい、とかはないのかよ。」
空色の瞳に隠しきれない笑いと思いを込めてフェリックスは笑った。
フェザーンの医科大学に通うようになった幼馴染モニカからのメールはいつも彼に暖かい風を運んでくる。
父親が好きで家族が好きで、周囲が輝きだけに満ちていた季節、モニカとの会話や日常はそんなすべてを彼に思い出させしばし自分に現実を忘れさせる。
自分が両親の本当の息子でないと知ったのは何歳の時だっただろうか?
蜂蜜色の髪とグレイの瞳の父親とクリーム色の髪にスミレ色の瞳の母親との間にブラウンの髪蒼い瞳の自分という息子が産まれるはずはない、ということに気がついたのは。
『周囲の心無い人にくだらない偏見を入れられる前に』と父親が『本当のコト』を話してくれた時はだから彼が拍子抜けするくらいに無反応だった。
だいたい、自分の意志なんて今までにどれくらいあったのだろう。
ヒルダ太后に「アレクのよき友人でいてあげてね。」と言われ、父親からは「陛下に忠誠を」と言われてもフェリックスの反応はどこか他人事のようでミッターマイヤーは友人とは違う意味の危うさをそこに見出すような気がしていた。


「フェリックス・ミッタマイヤー中尉、任官前のご挨拶に参りました。」
士官学校を卒業したばかりとは思えないくらいに優雅な敬礼で挨拶を返す青年を元帥は沈黙で見返した。
「不肖の身ではございますが、身命を賭して勤めたいと思います。よろしくご指導ご鞭撻をお願い致します。」
アイゼナッハ元帥は無言のまま自分の顔の前で組んだ指を動かした。
(無口な方だとは聞いていたけど・・・・もう少し何か反応されてもよいんじゃないか?)
どっちかと言うと彼の場合は無口を通り越しているのだが、そう考えてしまった。
急に目の前の幕僚総監は目で副官に下がる様に指示を与えたらしい。
傍らのデスクで執務を行っていた副官が静かに席をたち元帥の執務室を後にした。
(参ったな・・・。どうしろって言うんだよ)
何も言われないのでフェリックスはしかたなく元帥の執務机の前に不動の姿勢でたたずみつづけることになった。
家族ぐるみの付き合いとも言えるビッテンフェルトやミュラー、ワーレンと違って沈黙元帥アイゼナッハはフェリックスにとってはどうしても馴染の薄い存在だった。
その彼が何を思って自分の所属先に立候補してくれたのか?機会があれば聞きたいものだとは思っていたが目前の彼は「とりつく島なし」という言葉を体現したような状態で文字どおりフェリックスには手も足も出ない。
「・・・なぜそう思った?」

だから急に耳をうった声への反応にフェリックスは一瞬反応できなかった。
「は?」一瞬誰がしゃべったのかわからなかった。初めて聞く元帥の声。
自分の失態に気がつき、慌てる青年をしかし、沈黙元帥は一瞬苦笑をひらめかせた。
「どうして君は中尉は軍人になろうと思ったのかね?」低く深い声が静かにもう一度繰り返した。
「僕の・・・小官の父は両方とも軍人です。陛下に仕え国を守るためにはそれが自然ですので。」
あえて「両方」という表現を使う。元帥の視線は意外なほどに穏やかにフェリックスの視線を見据え続ける。
「そうか・・・。よくわかった。あえて私の意見を言わせてもらってもよいかな?」
上官が部下に語り掛けるにはふさわしくない問いかけをすると元帥はまた静かにフェリックスを見る。
視線に促されるように思わず頷いてしまった後で彼は少々慌てる。
「私は今の君は軍人になるべきではなかったと思う。いや、今の君の答えにはそう結論つけさるを得なかった。君は自分からなりたいと思ったわけではないのだろう?」
そこまで言うと元帥は水の入ったグラスを口に運び、一口水を飲み込んだ。
「私や君の父上、ミッターマイヤー元帥などとは違い君にはある程度の出世はもう約束されている。軍で出世が約束されているということはそれだけ多くの人間の、兵士のみならずその家族の生命を自分が握ることになるんだ。その重みを君はわかっているのか?」
初めて聞く元帥の声は静かで穏やかで、でもこれまで聞いたどんな言葉よりも彼の脳裏に刻みつけられていく。

「今はそんな外征もない、と思っているかもしれないな。だが、誰が保証できる?軍人というものは人を殺す仕事だ。
まして我々は他人に「殺しに行け、死んでこい。」と命令せねばならない。君にその覚悟ができて選んだのかが私は知りたい。」
鋭い眼差しがフェリックスを見据える。恫喝されたわけではない、ブラスターの銃口を向けられているわけでもない。
それでもフェリックスは動けなかった。
(だけどソレを拒否できるとあなたは思っているのですか?)心の中で「誰か」の声が聞こえてくる。
結局、この元帥もなにも・・・と思いかけた。
「周囲はいろいろなことを君に望むだろう。ただし、その選択はすべて君自身が決めることだ。
ミッターマイヤー元帥の希望通りに生きるにしても、それに逆らうにしても、最終的に選んでいるのはは君自身だ。
私は「・・・」のせいでそうなったというのは、言い訳にすぎないと思っている。最終的な行動はいつもその人「本人」が選択したことんなんだ。
まして君は殺人を仕事とすることを選んだ。それは、もう「誰かのせい」にできるものでは絶対にない。」
なにか納得していないような表情のフェリックスに元帥は視線に込められていた力をふと緩める。
「今の意見はあくまで私の意見だからな。何も君に全面的な賛同をもとめているわけではない。それとも『賛同しろ』といえば、君はそれを認めるのかね?」
元帥はそういうとフェリックスの顔を見た。その瞳は存外イタズラっぽそうで彼を若々しく見せる。
「自分に責任をとるのは結局は自分自身だと、私は思っている。君の・・・父上もそうだった、とね。決断を誰かのせいにすることほど自分自身を貶める行為はない。そのことを誰よりも彼は知っていた・・・だから。」
言いかけた言葉をきり元帥は目を閉じて苦笑する。
「軍人というものは因果な商売だ。本来はまともな人間がするべきものではないさ。まして我々艦隊司令官などという職業は正気な者とも思えぬな。」
元帥がみなまで言わなかった「父」のこと・・・・。父からはありとあらゆる言葉を尽くして聞かされてはいた。
だが、今日の元帥の沈黙、言葉の奥に秘められているであろうかの人の思いの方が自分に響くのはなぜだろう?
いつか改めて答えを聞く日がくるかもしれない。まだ自分には彼の、彼らの思いを受け止めきるには早いのかもしれない。
流されてすべてを知りたいと思っていた昨日までの自分が零れ落ちていくような感覚を覚えた。
いつか、「父」のことを本当に知った時、父のことを受け入れることができるかもしれない。


「最後にひとつ伺ってもよろしいですか?」

フェリックスは息をひとつくと元帥に切り出した。
沈黙元帥は眉を軽く動かして続きを促す。
「どうして閣下は・・・・いつもはこのようにお話していただけないのでしょうか?」

沈黙元帥は軽く笑うと答えた。
「私がしゃべらないでいるだろう?そうすると回りは私の意見を好きに判断する。それは自分の意志で決めることであり結局はその人が最もしたいことであるから・・・・と言っておこう。」
そう言うと彼は一瞬だけ笑みを浮かべた。

 

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蒼乃さんからのキリリクで「大人になったフェリックス」で、「七元帥の誰かを出して」ということで書きました。
で、選んだ閣下は「沈黙提督」滅多に喋らない人がどういうことを?という単純な興味で選んだけど、まぁ、これが大変で。大変で。何度も選手交代を考えましたが結局彼で続行です。
最後の一言が書きたくてここまで来た!って感じですね。


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悠深さぁ~~ん、ありがとうございました~~(はぁと)
もうもう、悩める青少年フェリックス……って感じで、私のイメージ通りですわ☆
本当にありがとうございました(*^^*) 
今後、悠深さんの所でキリ番ゲットする楽しみが増えましたよ(笑)

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