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 やっぱり、よくわからない。
 ウルリッヒ・ケスラーと話した翌朝、ヘネラリーフェはベッドの上でそんなことを考えていた。
 憲兵総監としても帝都防御司令官としても、有能な男だと思う。苛烈ではあるが……
 また、正反対に妹マリア・ミヒャエルと妻マリーカへの愛情は誠実で暖かい。
 皇帝ラインハルトとの関係は、ヘネラリーフェと違い、あくまでも主従だ。
「そう言えば……」
 ふとヘネラリーフェは思った。
 ロイエンタールはケスラーになら安心して背中を預けられると言った。
 ミッターマイヤーもケスラーとはまた違った意味で然り。
 だが……
「あの人に、そういう存在はいるのかしら?」
 例えば、ケスラーはロイエンタールのことをどう思っているのだろう?
 ただの僚友? 漁色家?
 ヘネラリーフェにも先輩・後輩を問わず僚友と言える人間が沢山いるが、彼等は同時に友人でもあった。
 組織の違いでもあるのだろうが、帝国は友人を作る思想ではない。
 あるのは、極めて縦割りの世界観。
「そう言えば、オーベルシュタイン元帥とは同僚だと言っていたけど」
 どうも苦手な軍務尚書の顔を思い描きながら、ヘネラリーフェは尚も考えた。
 ケスラーも、ミミのことを省いても、オーベルシュタインのことは信頼しているらしい。
 だが、彼等の関係は、双璧とは全く異色だ。
「何はともあれ、どうやったらあの溝を埋められるかよね」
 ヘネラリーフェは溜息を吐きながら呟いた。
 とにかく、深い溝と疎外感を感じたのは否めない。
 ヘネラリーフェの溜息に、横で眠っていたロイエンタールが目を覚ました。
「なんだ、もう起きていたのか?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、そろそろ起きようと思っていた所だ」
 二人は『おはよう』のキスをすると、同時に起き上がった。
「ケスラーに言われたこと、まだ考えていたのか?」
「うん……なんだか釈然としなくて」
「そんなにあの男とお友達になりたいのか?」
 カイザーと同じようにはいかないぞ。
「でも、どうにも疎外感を感じちゃって、ちょっと許せないって感じなのよね」
「なるほど……ブラウシュタット中将閣下におかれては、少々意地になっておられるらしい」
「からかわないで」
 ヘネラリーフェがロイエンタールを睨んだ。
 ヘネラリーフェは夜着の上にレースのガウンを羽織り、そうした後でロイエンタールの着替えを手伝ってやり、二人一緒にモーニングルームへと降りた。
 朝の光が眩しく差し込むモーニングルームのテーブルの上には、フルイングリッシュの豪華な朝食が燦然と輝きながら並べられていたが、それはヘネラリーフェの分だけであった。
 ロイエンタールの座る椅子の前には、コーヒーカップしか置かれていない。
 彼は、朝食を食べる習慣がないのだ。
「好き嫌いは多いし、朝は食べないし、なのに朝から酒は呑むしで、貴方って不健康だわ」
 ヘネラリーフェが細い指でロイエンタールの耳を引っ張る。
「体調を崩したことはない」
 故に、習慣を変える気は毛頭ない。
 そう言うと、ロイエンタールはコーヒーを飲み干し、ヘネラリーフェに『行ってらっしゃい』のキスを受けて、出府して行った。
 ロイエンタールが出掛けた後、ヘネラリーフェは広大な庭に出た。
 もう金木犀は散ってしまったが、まだ秋の花々が咲き乱れている。
「竜胆に秋桜、それに紅葉をちょっと拝借してと……」
 それらを剪定ばさみで切ると、彼女はそれを透明のセロファンに包んだ。

 その日の午後、ケスラーは統帥本部でバッタリと花束を抱えるヘネラリーフェと出逢った。
「これはフロイライン、お珍しいですね」
 貴女の方からこちらを訪ねられるとは……
「何か用向きでも?」
 穏やかに尋ねるケスラーの対するヘネラリーフェの態度は、だが冷淡なものであった。
「貴方には関係ない」
 素っ気なくそれだけ言うと、ヘネラリーフェはケスラーの前から立ち去った。
「???」
 ケスラーは唖然とした。
 ヘネラリーフェの態度に合点がいかなかったのだ。
「俺は、あの方に何かしたか?」
 思い当たるとすれば、先日の喫茶店での件だけだ。
「まさか、花束を渡す為だけに、統帥本部に来られるとは思えないし」
 結局、考え込むケスラーの図は、帰宅しても続いたのであった。
 一方のヘネラリーフェと言えば、ロイエンタールの執務室のソファの上でゴロゴロしていた。
「紅茶と花束を渡す為だけに来たのか?」
 お前に限ってまさか……
 ロイエンタールは笑ったが、ヘネラリーフェはポツリと言い放った。
 さっき、憲兵総監に会ったわ。
「お前……何を考えている?」
「内緒」
 それきりヘネラリーフェは口を閉ざしてしまった。

***

「ミミ、来ていたのか?」
「ウルリッヒ兄様、お帰りなさい」
「ウルリッヒ様、お帰りなさいませ」
 愛しい女性二人に出迎えられ、ケスラーもまんざらでもない。
 だが、マリーカの手を借り着替えて夕食の席に着いた途端、ケスラーは唸り声を上げていた。
 先日、ヘネラリーフェが子羊の前で唸っていたのと同じ図式である。
「兄様、どうかしたの?」
「何かお悩みですの? ウルリッヒ様」
 ケスラーは暫し沈黙したが、やがて口を開いた。
「俺は無骨者だから女心というものが、とんとわからん」
 故に、お前達に問いたい。
「フロイライン・リーフェをどう思う?」
 どうって……
 女性二人は顔を見合わせた。
「そうね、大切な友人だわ」
 優しくて強くて綺麗で、そして面倒見が良い。
 一方、マリーカの見解はマリアとは少々違っていた。
「憧れの女性ですわ」
 優しくて強くて綺麗で、そして最高の貴婦人。
「帝国の女性で、あの方の様に自分の足でしっかりと立っている方なんて殆どいませんもの」
 戦闘能力や危機回避能力は遠く及ばないが、二人にとってヘネラリーフェの内面的な強さは魅力であった。
「兄様、リーフェと何かあったの?」
 マリーカも心配げにケスラーを見つめる。
「今日、偶然に統帥本部で会ったのだが、無視された」
 いや、無視された訳ではないが、だが溝を感じた。
「まあ、それは変ですわ」
 リーフェ様は、人を無下に遠ざけたり無視したりする人ではありませんわ。
「そうよねぇ。一度受け入れたらとことん面倒を見るってタイプだもの」
 何か心当たり、ないの?
 マリアに詰め寄られ、ケスラーは言い淀んだ。
「心当たりと言えば……」
 ケスラーは、先日の喫茶店での経緯を話した。
「え~~ そんなこと言っちゃったの?」
「それはウルリッヒ様がお悪いですわ」
 まるで拒絶しているような言葉と態度。
 いくらヘネラリーフェが大らかな気質の持ち主だったとしても、気分を害すのは尤もなことと思えた。
「私、思うんだけどさ」
 敵同士だったから、違う組織に属しているから、ヘネラリーフェとロイエンタールの絆は深い。
「だとしたら、違う組織に属している兄様とリーフェが仲良くするのは当たり前って思うのだけど?」
 いや、違う組織に属しているからこそ、出来ることだと思える。
「現にリーフェと皇帝陛下はお友達な訳でしょ?」
「ヒルダ様ともアンネローゼ様とも、それは仲がお宜しいですわ」
 だったら!!
「仲良くしておいて損はないわ!!」
「ですわ!!」
 女性二人に言い寄られて、ケスラーは沈黙したのであった。
 その日の夕食は、すっかり冷めてしまった為、マリーカが暖め直したものを、ワイン片手に突くことになったらしい。

***

 それから一週間後、皇宮では舞踏会が開かれていた。
 さんざめく人混みの中で、ロイエンタールとヘネラリーフェは息の合ったステップでワルツを踊っている。
 人々が見取れ、惚けたように溜息を吐く程に、二人は美しかった。
 たっぷり5曲踊り、6曲目も終わりを見る頃、ヘネラリーフェがロイエンタールに囁いた。
「ねえねえ、私、お腹空いちゃった」
 色気のない発言に、端麗な口元から思わず忍び笑いが零れ落ちる。
「では、この曲が終わったら、何か食べよう」
 やがて踊りの輪から抜け出した二人は、食事の用意してあるテーブルの前に陣取った。
「何が欲しい?」
「えっと、ローストビーフと、オマールのコキールと、あとキャビア♪」
 ハイハイといった風情で、ロイエンタールがそれらを皿に取り分けてくれる。
「付いているぞ」
 可憐な口唇の端に付いたクリームを、ロイエンタールがその冷たい舌で舐め取ってくれたが、ヘネラリーフェの反応は厳しかった。
「TPO考えなさいよ~~」
 みんなが見ているじゃない!!
「今更だな」
 ロイエンタールは平然としている。
 少々呆れながらもワイン片手に談笑していると、今度は
「人いきれに当たっちゃったみたい。ちょっと風に当たってくるわ」
 と言い置いて、ヘネラリーフェは庭へと出て行ってしまった。
 
 回廊に出たところで、ヘネラリーフェは一人の長身の男と擦れ違った。
 身なりから見て、どこか不審な点があった訳ではない。
 だが、すれ違い様、男の身体から立ち上った香りに、ヘネラリーフェは眉を顰めた。
(火薬の匂い?)
 ヘネラリーフェは、思わず誰何していた。
「待て、お前は何者だ!?」
 思わず紡いだ言葉は、ぞんざいな軍人のそれ。
 男は狼狽えたようだが、不適に笑った。
「それを聞いてどうなさるおつもりですか、フロイライン?」
 逆に問われて、ヘネラリーフェは一瞬黙り込んだが、そのまま引っ込むような性格ではない。
 ヘネラリーフェは男の襟首を掴むと、壁に男の身体を押し付けた。
「お前の身体から火薬の匂いがする。何をしていた?」
 いや、聞くまでもないだろう。
 男の目が著実に語っていた。
「爆弾か……」
 何処に仕掛けた?
 だが当然の如く、男は答えない。
「なるほど、天井裏か」
 ヘネラリーフェの軍人としての感覚は、爆弾のありかを正確に彼女に把握させた。
 と言うより、男の視線が天井裏辺りを浮遊していたのだ。
 だが、それを見逃すヘネラリーフェではなかった。
「な、何故わかった!?」
「語るに落ちているぞ」
 脚立も無いのにどうやって天上裏に仕掛けたのかわからないが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
 ヘネラリーフェは男を殴り飛ばして昏倒させると、男が視線を飛ばした天井の下に立った。
「あらら~ この高さだと、マジで脚立か梯子が必要だわ」
 考え込むヘネラリーフェの背後に、人の気配が迫った。
「ロイ?」
 振り返ると、予想に反して、そこにいたのはケスラーであった。
 内心で『チっ』と舌打ちしたが、そこはそれ……TPOを考えて、ヘネラリーフェはケスラーに手招きした。
「何か? フロイライン」
「肩、貸して」
「は?」
 最近冷淡だったヘネラリーフェに言われた言葉の意味がわからなく、ケスラーは間の抜けた声を出した。
「良いから、早く私を肩車して!!」
「は、はい」
 訳がわからないまでも、この場合ヘネラリーフェに逆らわぬ方が良いと考え、ケスラーは床に膝を付いた。
 間髪を入れず、ヘネラリーフェがケスラーの肩に跨る。
「立ちますよ」
「Ja」
 ケスラーに肩車をしてもらって立って貰うと、余裕で天井の板に手が届いた。
 そっと板を押し上げる。
「あらら~~ 小型だけど、皇宮くらいなら吹っ飛ばせるわね」
 TPOをわきまえない忍び笑いがケスラーの耳に流れこんだが、ヘネラリーフェはフワリとケスラーの肩から降りてしまった。
「何があったのです?」
 ケスラーの問いには答えず、ヘネラリーフェは突如ドレスを脱ぎ始めた。
 梔子(くちなし)色と薄荷色で彩られたドレスの下は、ブラジャーとパンティのみだ。
「フ、フロイライン、どうなされたのですか?」
 鼻血こそ吹き出さないまでも、ケスラーは狼狽えている。
「こんなの着ていたんじゃ、天井裏に上がれないでしょ」
「天井裏に何があるのです!?」
 だがヘネラリーフェは、それには答えず、冷静に命令を下した。
「工具を!! そうね、ペンライトとペンチとねじ回しを用意して!!」
 その言葉に、ケスラーは懐を探った。
「それなら、ここに」
「あらぁ、手回しが良いわね」
 さすが憲兵総監。
「助かるわ、あと5分しかないから」
 それらの工具を手に取ると、ヘネラリーフェは再びケスラーに肩車をさせ、更にその肩の上に立った。
 ずらした天井の板を更にずらし、ヘネラリーフェはヒラリと飛び上がる。
「フロイライン、いい加減に教えて下さい!!」
 そこに、何があるのです?
「爆弾よ、バ・ク・ダ・ン」
「!?」
 さすがの憲兵総監も暫し声も出なかった。
「大丈夫なのですか? 爆弾処理班を呼びましょうか?」
 天井裏に呼び掛ける声を遮るように、ヘネラリーフェが叫んだ。
「五月蠅い!! ちょっと黙っていてちょうだい。気が散るわ!!」
 ペンライトを口に加え、ペンチでリード線を切っていく。
 ケスラーが目にしたなら、きっとその手際の良さに唸っていたことだろう。
 だが、彼には見えない。故に……
「しかし……」
 思わず時計を見やった。
「さっき、5分だと言っていたから……」
 残りは1分。
 それも針が無情に進んで行き……
「あと、30秒……」
 20秒……
 10秒……
 5秒……
 顔色が青ざめた時、天井裏からヘネラリーフェがヒョイと顔を覗かせた。
「終わったわよ」
 ギリギリ、残ったのは、たった3秒だった。
 ヘネラリーフェは笑いながらそう言うと、ヒラリと天井裏から飛び降りた。
 が、地に着くはずの躰は、屈強な腕に抱き締められる。
「?」
 思わず振り仰ぐと、そこには疲労感甚だしいロイエンタールがいた。
「散歩に行ったまま戻らないから何をしているかと思えば……」
 爆弾の処理など、そのスペシャリストに任せておけば良いだろうが!!
「だって、5分しかなかったのよ」
 スペシャリストなんて呼んでいる暇なんかなかったわよ。
 思わずブーたれたヘネラリーフェの琥珀色の髪をクシャリと掻き乱すと、ロイエンタールはヘネラリーフェの躰を降ろし、苦笑を湛えながら回廊に落ちていたドレスを拾った。
「ともかく、早く服を着ろ」
「はぁ~~い」
 チャキチャキと着替えると、ヘネラリーフェはロイエンタールを見やった。
「広間に戻るか?」
「ご免、ちょっと限界」
 ロイエンタールは、ヘネラリーフェの気持ちを察した。
 緊張を強いられていたとなると、疲労感は否めないだろう。
 それをわかっていて広間に戻すなど、出来よう筈もない。
「わかった。では、カイザーに暇を告げてくるから、お前は車寄せで待っていろ」
「うん」
 ロイエンタールに軽く口付けられたヘネラリーフェは素直に頷くと、車寄せの方向へとサクサク歩き出す。
「フロイライン」
 ケスラーが呼び掛けたが、彼女は振り向いてはくれなかった。
 彼の手に残ったのは、解体された爆弾のみ。
 冷たい鉄の塊を見て、ケスラーは深々と溜息を吐いた。
「兄様?」
「ウルリッヒ様?」
 唐突に掛けられた呼び掛けに、ケスラーは飛び上がった。
「な、なんだ、お前達」
 思わず狼狽えた声をあげたケスラーに女性二名が詰め寄る。
「兄様、リーフェと仲直り出来たの?」
「どうでした?」
 今、ずっと御一緒だったのでしょう?
「うっ」
 口籠もったケスラーは、だが次の瞬間床に突っ伏していた。
「兄様?」
「ウリルッヒ様?」
 問い掛けに、ケスラーは情けない声をあげた。
「やはり、やはり、俺はフロイラインに嫌われている~~~」
 その情けない叫び声に、女性二人は深々と溜息を吐いた。
「あのさぁ、会いに行けば?」
 どうせあの二人のことだから、今夜は酒盛りでもするに決まっているわよ。
「ウリルッヒ様、ミミの言う通りですわ」
 会いに行って下さいませ。
 二人に説得され、ケスラーはロイエンタール家を訪ねることを決意したのだった。

***

 ヘネラリーフェは帰宅するとシャワーを浴び、紅い襦袢に着替えて、階下の居間にいるロイエンタールの元へと戻った。
 ロイエンタールも既にシャワーを浴び、ガウンを羽織って火の入った暖炉の前の毛足の長い絨毯の上に直接座っている。
 彼の前には、ワインとグラスが用意されていた。
「呑むだろ?」
「うん」
 頷くと、ヘネラリーフェはロイエンタールの隣に座った。
「今夜は疲れただろう?」
 ロイエンタールがヘネラリーフェの労を労う。
 答えはなかった。
 ヘネラリーフェを見やると、黙々とグラスを可憐な口元に運んでいる。
 ほんのりと朱く染まった頬と目元が愛らしかった。
 思わず抱き寄せると、華奢な躰はいとも簡単にロイエンタールの腕の中に倒れ込んでくる。
「もう酔ったのか?」
「緊張してた所為かしら、いつもより酔うのが早いみたい」
 そう言うと、ヘネラリーフェは細い躰をロイエンタールの膝の上に投げ出した。
 そのうち、グラスを持ったままウトウトとし始めてしまう。
 そんな時、ドアを静かにノックする音がした。
 入室を促すと執事が来客を知らせる。
「誰だ?」
「憲兵総監閣下でございます」
 隣の応接間に御案内しましたが、どう致しましょう?
 その言葉にロイエンタールは逡巡したが、それは数瞬のことで、すぐに執事に命じた。
「こちらに通せ」
「宜しいのですか?」
 この居間は主二人の憩いの場で、入った者と言えばミッターマイヤーくらいのものだ。
「ああ、構わん」
 ヘネラリーフェがこの状態では、動くに動けぬし……
 執事は、ロイエンタールの言葉通りに、ケスラーを居間に案内した。
 暖炉は豪奢な布針のアンティークのソファの向こうにあるが、ソファー越しにでも着衣を着崩したヘネラリーフェの姿が目に入ってきた。
「気にするな。緊張が解けると、いつもこうなんだ」
 赤面したケスラーとは裏腹に、ロイエンタールは涼しい顔で言い放つ。
 ただし、白い足が見えすぎるからと、はだけすぎた襦袢の裾は綺麗に整えてやったが。
「で、用向きは何だ?」
「フロイラインと話しがしたくて」
「それは、先日の喫茶店での経緯と関係あるのか?」
「そうだ」
「そうか……ちょっと待っていろ、本人に聞いてみるから」
 そう言うと、ロイエンタールはヘネラリーフェの肩を軽く揺すった。
「リーフェ、ケスラーがお前と話したいと言っているが、どうする?」
 ヘネラリーフェはその言葉に、仰向けに体位を変え、両手で目を擦りながら青緑色の瞳をうっすらと開いたが、そこまでが限界だったようである。
「明日にしてもらって~~~」
 そう言うと、コロンと転がり、ロイエンタールの胸に顔を埋めるようにして眠ってしまった。
「だそうだ」
 どうする? 不適な金銀妖瞳が問い掛けてくる。
「では、明日伺う」
 その言葉に、ロイエンタールは苦笑を漏らした。
「泊まっていけ」
「え?」
「こんな夜更けに来るくらいだから、余程急いでいたのだろう?」
 痛い所を突かれて、ケスラーは黙り込んだ。
「部屋は既に用意させてある」
 だから泊まっていけ。
 ロイエンタールがそう言った所で、執事が居間に顔を出し、ケスラーに呼び掛けた。
「閣下、お部屋の用意が出来ましたので、御案内致します」
 結局ケスラーはロイエンタールの言葉に甘えることになり、ヘネラリーフェとの再会は明朝へと持ち越された。
 ロイエンタールも程なくして、ヘネラリーフェを横抱きにして寝室に運び込み、ヒュプノスの腕に抱かれたようである。
 翌朝、目覚めたケスラーは、一瞬自分が何処にいるかわからなかった。
 暫くベッドの上で考えていたが、漸くそこがロイエンタール家の客間だと悟ると、ガバっとベッドの上に起き上がった。
 客間は1階に設えてある為、天井から床までの填め込み式のフランス窓の向こうには広大な庭が広がっている。
「全く、凄い屋敷だな」
 元は庶民出のケスラーにしてみれば、贅沢この上ない暮らしぶりだとしか思えない。
 服のセンスも良いし、持ち物の全てがブランド物である僚友の顔を思い浮かべると、収入の何割を無駄使いに回しているのか、一度問いただしてみたくなる。
 尤も、ロイエンタール側にしてみれば、親からの遺産他、その親から受け継いだ事業からの収入、株の配当金などがあるので、収入には殆ど手を付けていないと言うことだろう。
 ともあれ、ケスラーは手早く着替えると、庭に出てみた。
 朝の清々しい空気が気持ち良い。
 深呼吸していると、寝室のドアをノックする音が響いた。
 扉を開けてみると、執事が朝食の準備が整ったことを伝える。
 ケスラーは執事に案内されて、朝日がふんだんに入るモーニングルームへと案内された。
「旦那様とリーフェ様も、すぐにいらっしゃいますので」
 そう言うと、執事はコーヒーを入れて立ち去った。
 耳に入ってくるのは、小鳥の囀りだけ。
「全く、贅沢なことだ」
 ケスラーは一人苦笑した。
 一方ロイエンタールはいつまでたっても起きないヘネラリーフェの肩を揺さぶっていた。
「いい加減に起きろ!!」
「眠~~い」
「ケスラーが待っているぞ」
 その言葉に、ヘネラリーフェがガバっと起き上がる。
「そっか、昨夜来てくれたのに、私寝ちゃったんだっけ」
 そう言うと、ベッドから起き、洗顔を済ませると、襦袢の上に打ち掛けを羽織ろうとした。
 それをロイエンタールが止める。
「どうして?」
「そんな格好で、他の男の前に出るな」
 胸も足も丸見えだ。
「はいはい、焼き餅焼き屋さん」
 戯けた調子でそう言うと、ヘネラリーフェはゆったりとした部屋着に着替えた。
 ロイエンタールからOKを貰うと、二人で階下へと降りて行く。
 モーニングルームに入ると、ケスラーは二人を敬礼で迎えた。
「昨日は遅くに訪ねて申し訳ありませんでした」
 ケスラーがヘネラリーフェに頭を下げる。
 ついでに、
「泊めてもらって悪かったな」
 ロイエンタールに仏頂面で言った。
 やがて、執事とメイド達が朝食を運び込もうと準備を始めたが、ヘネラリーフェは執事を呼び止めた。
「あのね、ちょっと二日酔いみたいだから、私ミルクティーとフルーツだけで良いわ」
「フルーツは何が宜しいですか?」
「マンゴーが食べたい!!」
「わかりました、すぐにお持ちします」
 それから10分程すると、ケスラーの前にはフルイングリッシュの朝食が、ロイエンタールの前には濃いめに入れたコーヒーが、そしてヘネラリーフェの前には、ミルクティーとマンゴーが運ばれた。
 二日酔いで喉が渇いていたらしいヘネラリーフェは、まずグラス一杯の水をあおり、その後マンゴーを突きながら紅茶を啜った。
 ロイエンタールの方は既にコーヒーを飲み終わり、煙草に火を付けている。
 ケスラーは黙々と朝食を摂りながら、どうやってヘネラリーフェに話し掛けようか悩んでいる。
 だが、話しを振ってきたのは、幸か不幸かヘネラリーフェの方からだった。
「で? お話ってなんですの?」
 相変わらず冷淡な口振りだなと思いながらも、ケスラーは口を開いた。
「この数日、貴方は私に冷淡ですね」
「そうですか?」
 でも、一定距離を置いた付き合いをしたいと思っていらっしゃるのは貴方の方でしょう?
 ヘネラリーフェの言葉に、ケスラーはグウの音も出ない。
 だが、そこでめげてはミミとマリーカに何を言われるか知れない。
 ケスラーは意地と度胸を総動員して、ヘネラリーフェに話し掛けた。
「確かに、私は貴女との間に溝を作りました」
 でも、自分がされてみてわかった。
「私は、貴女に対して一定距離を保った付き合いを強いたくせに、自分がそうされたことで落ち込んでいたのです」
 まったく二律背信以外の何者でもないだろう。
「自分がやっても平気だったことが、自分がされてみて平気ではなかったと思い知らされました」
「で?」
 冷ややかな声が突きささる。
「つまり……つまり、私は、貴女とお友達になりたいのです!!」
 ヘネラリーフェは思わず持っていたフォークを取り落としそうになった。
 まさか、あのケスラーが自分の方から歩み寄ってくるとは思ってもみなかったのだ。
 それに、それならそれで良いとも思っていた。
 彼がそのつもりなら、自分も冷淡でいれば良い……そう思っていたのだ。
 無論、ミミやマリーカとの友誼に、何ら変わるところはない。
 黙したままのヘネラリーフェを真っ直ぐに見つめてくる茶色の瞳……
 一点の曇りもないその瞳の光を見て、ヘネラリーフェは溜息を吐いた。
「わかりました」
 私達、良いお友達になれるでしょう。
 そう言って微笑むヘネラリーフェを見て、ケスラーは安堵の溜息を吐いた。
「やっと笑って下さった」
 実際のところ、どこからどこまでが友人と言えるラインなのか、分からない。
 その証も見せることは適わない。
 血判でも根性焼きでもやれと言うなら、躊躇わずやるが、そういう問題ではないだろう。
 二人の関係が、双璧のようなものなのか、ラインハルトとキルヒアイスとのようなものなのか、はたまたラインハルトとヘネラリーフェとのようなものなのかも分からない。
 だが、これだけは分かる……
「小官は、必ず貴女の良い友人になって見せますよ」

「で、どうなった訳よ?」
 マリアの問い掛けにケスラーは嬉しそうに答えた。
「ちゃんとお友達になっていただいた」
「でも、それって口約束でしょう?」
 なんの誓いも証もない。
「だが、友人なんてそんなものだろう?」
「そうね……」
 マリアは暫し考え込むと、こう言った。
「あのさ、同盟に行ってみて分かったんだけど……」
 帝国って、ホントお友達を作る思想じゃないわよね。
「兄様の周囲で、親友って呼べる人、いないでしょ?」
 例えば双璧のような……
 例えば皇帝とキルヒアイス提督とのような……
「背中を預けられる人はいても、心の内まで見せられる人っていないわよね?」
 確かにそうだった。
「だが、フロイライン・リーフェとは、良い友人になれると思う」
「私もそう思うわ」
 何せ、彼女は面倒見が良いから……
 マリアはそう言うと、声を上げて笑ったのであった。

 

Fin

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*かいせつ*

またまたまた、やってしまいました。みのりさん宅のキャラとのコラボ作品。
念願だった、ケスラーとヘネラリーフェをお友達にしよう作戦!!
なんとか纏まってくれました。
ところで、みのりさんの所とうちの設定の違いをちょっと……
まず、彼女の所では、既にアレクが産まれています。
でもって、ケスラーとマリーカとは既に結婚していて、子供もいます。
ファー様は、出てこないけど、みのりさん宅では死んでいます。
あとは……そうそう、ミッターマイヤーは国務尚書になっています。
つまり、ミュラーは宇宙艦隊司令長官です。
キャゼさんは、退役してフェザーンにいます。
こんなところかなぁ。
さて、これで落ち着いたから、今度は冬コミ新刊だ~~~(ファイト!!)

 

2005/11/08 かくてる♪ていすと 蒼乃拝

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