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瞳・元気
 

一、白拍子

 皇帝開催の夏の園遊会には、同盟からシェーンコップとアッテンボローも参列した。
「先輩、中将、久しぶり~~♪」
 ヘネラリーフェが、二人に抱きついていく。
「なんちゅう格好をしとるんだ、お前は」
 二人の言葉はもっともなことであろう。
 ヘネラリーフェは、立烏帽子・水干・緋長袴といういでたち、つまり白拍子の扮装をしていたのだ。無論、腰には『蘇芳』を携えている。
「ちょっとしたジョークよ」
 それに、警備は一人でも多い方が良いでしょ。
 パチンと、綺麗に青緑色の瞳でウィンクを決めると、腰の『蘇芳』に手を掛けながらヘネラリーフェは微笑んだ。
 そう、皇帝の御前にある時には、たとえ元帥であろうとも、重火器などを持ち歩くことは許されないのだ。
 故に、武器を持っているのは、ラインハルトの親友であり元帥であり、国務尚書であるキルヒアイスだけなのである。
 無論、親衛隊長であるキスリングほか、憲兵総監であるケスラーは、軍用サーベルを所持することを許されていたが。
 ヘネラリーフェは、友人としての契りを結んだラインハルトの特別の計らいで、武器を持参することを許されていた。故に今日のいでたちなのである。
「ほ~~ 皇帝の御前では武器は携帯禁止かぁ」
 すっとぽけたような声がシェーンコップの端麗な口元から漏れた。
「知っていたか? アッテンボロー中将」
「俺が帝国の慣習など知るはずがなかろう?」
 シェーンコップに負けず劣らずのすっとぼけた声がアッテンボローの口元から発せられる。
「あ~~ 二人とも、まさか……!?」
「帝国の慣習など知らされていないからな、俺達には」
 クククと二人が不適に笑う。
 ヘネラリーフェはつられて苦笑しながら、だが溜息を吐いた。
「後から、軍務尚書から嫌味を言われても責任取れないわよ」

二、蘇芳を抱く女

 園遊会は終始和やかに進んでいった。
 と言っても、皇帝ラインハルトの周りは、寵を得ようとする貴族や文官達の巣窟と化していたのだが……
「莫迦ね~~ 皇帝があんな奴らの言葉に靡くはずなんてないのに」
「そうだな。あいつら、皇帝ラインハルトの性格がまだわからんらしいな」
「ま、貴族ってのは、そういう愚かな生物ってことだ」
 三者三用の意見をブツブツと言い合う同盟将校達に、皇妃ヒルダが近付いてくる。
「お三方共、楽しんでおられますか?」
「あ、はい、皇妃陛下」
 不適で慣らした三人も、ヒルダの言葉にはさすがに大人しく頷く。
「それはようございました」
 園遊会終了後に、陛下が是非お三方とお話になりたいと仰有っておりますので、ご都合がよろしければ皇宮にお残りあそばしてくださいな。
「は?」
 さすがの三人も固まった。
「あの~~ お話なら、ここでいくらでも……」
 そう言う三人の言葉を、ヒルダは鉄壁の微笑で封じ込めさせる。
「あら、あのご様子の陛下とどうお話をされると?」
”うっ”と、三人は黙り込む。
 確かに、ラインハルトの周りは人混みで、近付くことすら適わない。
「いや、でも、改めて話すこともありませんから」
 フェザーンではラインハルトと比較的よく会っているヘネラリーフェが更に足掻く。
「まあ、そんなこと仰有らないで」
 折角お友達になったのですから……
 ヒルダが、ヘネラリーフェの手を取る。
(あああ~~~ 流される~~~)
 内心で叫ぶヘネラリーフェの青緑色の瞳に、銀色の光が過ぎった。
「危ない!!」
 咄嗟にヒルダを突き飛ばすが、その所為でヘネラリーフェの動きに遅れが生じた。
 眼前に鋭いナイフの刃……
(避けられない!?)
 思わず瞑った瞳に激痛が走った。
「痛ッ」
 押さえた左目が、灼熱の焔のように痛み、ズキズキと波打つ。
 瞳を押さえた手をかざすと、鮮血に濡れているのが見て取れる。
「ちくしょう、何しやがる!!」
 咄嗟に銃を引き抜いたアッテンボローが、突然の襲撃者を容赦なく撃ち殺した。
「リーフェ!?」
 ロイエンタールが絶叫と共に駆け付ける。
 辺りは俄に騒然とし始めた。
 目を押さえながら地に倒れたヘネラリーフェが激痛に悶絶する。
「動くな!!」
 ロイエンタールが、ヘネラリーフェの肩を押さえる。
「動いたら駄目だ」
 誰か医者を呼べ!!
「警備の者はどうした!?」
 皇帝ラインハルトの怒鳴り声が響く。
「リーフェ、リーフェ!!」
 ロイエンタールの悲痛な叫び声に、ヘネラリーフェの右目が開かれた。
 意識と同時に、かすみゆく右目にロイエンタールの左右色違いの双眸が映る。
「ロイ……」
(痛い……左目が燃えるようだ……)
「ごめん……貴方が見えない……」
 最愛のロイエンタールの姿が見えない……
 意識が遠のくヘネラリーフェの右目を、だが再び銀色の鋭い輝きが過ぎった。
「ロイ、後ろ!?」
 覚醒したヘネラリーフェの声に促されはしたものの、振り向く間もなく、ロイエンタールは背中に激痛を感じ、呻いた。
「う……」
「ロイ!!」
 ヘネラリーフェの腕の中に、背中を血に染めたロイエンタールの身体が倒れ込んでくる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ロイ、ロイ、ロイエンタール!!
 悲鳴をあげながら、我を失ったヘネラリーフェが、ロイエンタールの身体に取り縋る。
「リーフェ……動くな……」
 自分のことなどおかまいなしに、ロイエンタールがヘネラリーフェの琥珀色の髪を撫でながら、彼女を気遣う言葉を吐く。
「何言ってるの!!」
 そんなこと言っている場合じゃないでしょう!
「早く、誰か早くロイエンタールを!!」
 早く手当して!!
 そう言いながら、ヘネラリーフェは『蘇芳』を抜き払うや、よろよろと立ち上がった。
「やめろ、リーフェ!!」
 今動けば、失明は免れない。
 シェーンコップが銃を構えながら叫んだ。
「五月蠅い!! こいつは、こいつだけは俺が始末してやる」
 ヘネラリーフェの、外見や普段とは裏腹な過激な言葉に誰もが呆然と固まった。
(あいつ、完全にぶち切れてやがる)
 シェーンコップとアッテンボローは内心で舌打ちする。
「この野郎……俺を舐めやがって」
 剣を構える。
「よくも俺のロイエンタールを……ぶっ殺してやる!!」
 言葉と同時に、空気が薙ぎ払われた。
「くっ」
 襲撃者は、身体を捩ってヘネラリーフェの攻撃をかわす。
(遠近感が掴めない)
 ヘネラリーフェを焦燥感が包む。
「てやぁぁぁ!!」
 ヘネラリーフェの剣が振り下ろされるのを、襲撃者の剣が受け止める。
 押し返され、ヘネラリーフェは飛び退きながら後ろへ着地した。
(くそっ)
 ヘネラリーフェの剣は、一度鞘へと戻された。
(一か八か)
 ヘネラリーフェが歩を進める。それが徐々にスピードを増し……
「はぁっ!!」
 襲撃者が足下を薙いでくるのを数瞬のうちに悟るや、彼女は飛び上がった。
「なっ!?」
 誰もが息を呑む。
 ヘネラリーフェの華奢な躰は、上空高く飛び上がっていた。
 上空で躰の剥きを180度転換させる。
 そして、ヘネラリーフェの優美な手が『蘇芳』の柄に掛けられた。
(これが最期だ)
 もの凄いスピードで落ちてくるヘネラリーフェの手が閃き、抜刀された剣が襲撃者へと向かって投げつけられた。
 抜刀の速さに落下の速度が加わり、『蘇芳』の柄はとんでもない凶器と化して襲撃者の顔面を襲った。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
 襲撃者が、顔面を押さえながら悶絶する。
 その傍らに、ヘネラリーフェは水干と緋長袴の袖を靡かせながら”ストン”と降り立った。
 地に刺さった『蘇芳』を抜き、鞘に収める。
「勝負あったな」
 琥珀色の髪を靡かせながらヘネラリーフェがせせら笑う。
 だが、次の瞬間、ヘネラリーフェは、ロイエンタールの元に走り寄っていた。
「ロイ、ロイ!!」
 ミッターマイヤーに支えられたロイエンタールの身体を抱き締める。
「リーフェ……莫迦が……また無茶をしおって……」
「俺のことなんてどうでも良い!!」
「どうでも良くなんてない……」
 お前の目が……
「お前の目が……俺のリーフェ……」
 ロイエンタールの優美な指がヘネラリーフェの可憐に色づく薄紅色の口唇をそっとなぞる。
「あ……」
 ヘネラリーフェが琥珀色の髪を自らの手でグシャグシャと掻き乱す。
「私……」
 すっかり我を忘れて口調が代わっていたことに、やっと今、気付いたのだ。
「やっと、戻ったな、いつものお前に……」
「ロイ……」
「早く……手当を……」
 そう言うと、ロイエンタールは意識を失った。

三、心乱れて
 
(ロイ……ロイエンタール……)
「ロイエンタール!!」
”ガバッ”と起き上がるヘネラリーフェを、たおやかな手が止めた。
「動いてはいけません」
 声の主を見やると、それは大公妃アンネローゼであった。
 左目に手をやると、包帯が厚く巻かれてある。
 その時、ハッとしたようにヘネラリーフェが再び身を起こした。
「ロイエンタールは!?」
「落ち着いて、フロイライン」
「でも!!」
 ロイエンタールは!! ロイエンタールは大丈夫なの?
「動かないで、貴女の方が重傷なのですよ」
 落ち着いたアンネローゼの声がヘネラリーフェの耳に流れ込む。
「私のことなんてどうでも良いの」
 ロイエンタールの為なら、私の目なんて、いや、命さえ惜しくない!!
「お願い、ロイエンタールを助けて」
 アンネローゼに取りすがるヘネラリーフェの青緑色の済んだ右目から、涙が滴り落ちる。
「ロイエンタール元帥なら大丈夫」
 アンネローゼがヘネラリーフェの右側を見やった。
 つられてそちらを見やると……
「ロイエンタール……」
 ロイエンタールは、ヘネラリーフェの横で、安らかに眠っていた。
 ホッとしたような溜息がヘネラリーフェの可憐な口元から漏れる。
「ロイエンタール、良かった……」
 ヘネラリーフェの優美な指がロイエンタールの瞳に伸ばされた。
「フロイライン、ロイエンタール元帥は逃げませんから」
 だから、大人しく横になっていて下さい。
「でないと、ラインハルトに怒られてしまいます」
 皇妃を守ってくれたヘネラリーフェに何かあっては、申し訳が立たない。
「その通りだぞ、お嬢ちゃん」
 いきなり掛けられた言葉に、ヘネラリーフェはドアの方を見やった。
「シェーンコップ中将、先輩……」
「ったく、お前ほどの奴がぶち切れやがって」
 二人に苦情を言われて、ヘネラリーフェはシュンとした。
「ごめんなさい、心配かけて……」
「そう思うなら、大公妃の言うように、大人しく横になっていろ」
 アッテンボローがヘネラリーフェの琥珀色の髪をクシャリと掻き乱した。
「とにかく、今はこれで我慢して下さいね」
 アンネローゼはそう言うと、ロイエンタールとヘネラリーフェの手を繋がせた。
「わたくし共は隣に控えていますから、何かあったらお呼びになって下さいね」
 そう言うと、アンネローゼは、シェーンコップとアッテンボローを伴って部屋から出て行ったのだった。  

四、メガトン級の恋

 二人きりになった部屋には静寂が訪れた。
「ロイエンタール……」
 ヘネラリーフェはアンネローゼの言葉を無視して、再び、だが静かに起き上がり、ロイエンタールの顔を覗き込んだ。
 ロイエンタールの眠りは深いらしく、端麗な口元からはスヤスヤと安らかな寝息が漏れている。
「良かった……無事で……」
 自分が如何にロイエンタールに恋しているか、思い知らされた。
「まさか私が、あんな風に切れるなんて……」
 今思えば、顔から火が出る思いだ。
 だが、それもロイエンタールの存在故。
「そういえば……」
 ヘネラリーフェはベッドを降りると、ソロリソロリとドアに向かって歩いていった。
「フロイライン、あれほど動いてはいけないと!!」
 アンネローゼの声に少々怒りの粒子が含まれる。
「ごめんなさい、ひとつだけ教えていただきたくて」
「なんでしょう?」
「あの、皇妃は大丈夫でしたか?」
「ああ……」
 アンネローゼが微笑んだ。
「ヒルダさんのことなら大丈夫」
 貴女が庇ってくれたおかげで、全くの無傷だった……
「さすがにショックだったようで、今は休んでおられますが」
 後程ラインハルトと一緒にこの部屋に現れることでしょう。
「さ、もうお話はおしまい。ベッドに戻って下さいな」
 アンネローゼの優しいが有無を言わせない手に促されて、ヘネラリーフェは大人しくベッドの住人になった。
「はぁ……」
 目は痛むが、どうにも大人しく寝ていられる性格ではないヘネラリーフェは、少々時間を持て余す。
 その時、繋いだロイエンタールの手がピクリと動いた。
「ロイ?」
 再び起き上がったヘネラリーフェの眼前で、二色の瞳がすぅっと開かれる。
「ロイエンタール、気付いたのね」
「リーフェ……」
 微かに微笑んだロイエンタールの手が、包帯を厚く巻かれた左目へ伸ばされる。
「目は大丈夫か?」
 アンネローゼの言った『貴女の方が重傷』という言葉が頭を掠め、思わず言葉に詰まる。だが、それを払拭するように明るく言った。
「だ、大丈夫よ!」
「そうか……良かった……」
 ロイエンタールは、その言葉を信じたようで、安心したように瞳を閉じる。
(どうしよう……もし失明なんてしたら……)
 ヘネラリーフェの胸に闇が落ちた。

五、mysterious ocean green

 ヘネラリーフェの目の包帯が取れる日がやってきた。
 カーテンを引いて薄暗くなった部屋で、ヘネラリーフェはベッドの上に身を起こしている。
 その隣では、横になったままのロイエンタールが心配そうな眼差しで見守っていた。
 この数週間、遠近感を掴めないヘネラリーフェは、ロイエンタールの顔を触ろうとして、だがその手が彼の頬を掠めるように通り過ぎることが間々あったのだ。
 それ故に、ロイエンタールの不安も増していた。
(もし失明したら……)
 だが、その時は自分の目をやろうと、ロイエンタールはそう決意していた。
 あの優しい青緑色の瞳から光が失われるくらいなら、自分の目をくれてやるくらい訳もない。
 部屋には、ヘネラリーフェを心配した皇帝夫妻も訪れている。
 二人にとっても、この日は運命の日と言える日であった。
「では、包帯を取ります」
 痛んだりしたら、無理して目を開かないように……
 医者はそう注意すると、包帯に手を掛けた。
 ゆっくりと包帯が外される。
「さ、目を開けてみて下さい」
 促され、ヘネラリーフェはゆっくりと左目を開いた。
 辺りがぼんやりとして、ハッキリ見えない。
 ヘネラリーフェは一度目を瞑り、そして再び瞳を開いた。
 誰もが息を呑んで彼女の行動を見守った。
「ロイ……」
 ヘネラリーフェの手が、迷うことなくロイエンタールの右目に触れる。
「リーフェ……見えるんだな?」
「うん、見える、見えるよ、貴方が」
「よ、良かった……」
 安堵してベッド際に崩れ落ちる皇妃ヒルダとそれを支える皇帝ラインハルトの眼前で、ロイエンタールとヘネラリーフェは強く抱き合い、口唇を重ね合う。
 ロイエンタールの腕の中で、暖かくて少しミステリアスな青緑色の双眸がキラキラと輝いていた。

Fin

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*かいせつ*

最近、痛い話しに飢えているのかもしれません(爆)
というわけで、少し痛いお話でした(^^ゞ
キルヒアイスが国務尚書というのは、ここで思い付いた設定です。
このまま本の方でも使い回したい設定ですね(笑)
サイト上では、甘甘しか書いてなかったので、ちょっと意外な設定と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、本の方では、大体こんな風なお話を書いております。さすがに「俺」は、今までありませんが(笑)
やっぱり、リーフェは『戦うお姫様』でないと!!(苦笑)
でもって、ロイはそんなリーフェにメロメロなのです(#^.^#)
ちなみに、皇帝夫妻とヘネラリーフェが仲良しこよしなのも、本の中では既に設定済みのことですm(__)m

2005/07/29 かくてる♪ていすと 蒼乃拝

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