blue cape
「ロイエンタール、遅いなぁ」
買い物に出たロイエンタールを待ちつつ、ヘネラリーフェは呟いた。
と言っても、彼が出掛けてから、まだ30分程しか経っていないのだが……
だが、たった30分が、今のヘネラリーフェにはとてつもなく長い時間に思えるのも事実だ。
やはり人間、病中や病後は人恋しくなるもので、ヘネラリーフェも例外ではないということなのだろう。
「早く帰って来てよ、ロイ……」
小さな呟きが、一人きりの居間の中に寂しく響く。
窓の外は雨。曇った空の下に広がる海景色が一層寂しさを増長させ、ヘネラリーフェは目を逸らした。
「あ……」
逸らした青緑色の視線の先にブルーのケープがある。
仕事から帰ってきた後、無造作に脱ぎ捨ててソファの背に放り投げた軍服に取り付けられたそれに近づこうと、ヘネラリーフェは半ば這いずるようにして毛足の長い絨毯の上を移動して行った。
立って歩けば数歩で届くものを無精するものだから、逆に労力と時間を要する結果になったが、それでもヘネラリーフェはロイエンタールの軍服に辿り着き、何気に触れる。と……
「きゃっ!」
小さな悲鳴が聞こえたと思ったら、ヘネラリーフェの細い躰は軍服から外れたケープの下敷きになっていた。
軍服自体の生地が上質なものなら、ケープも負けず劣らずの上質の光沢を放つベルベットの生地が使われている。つまり、見掛けと違い重いのだ。
こんな重いものを纏って日々仕事をするのは、労力の無駄ではないのだろうかと、同盟軍人であるヘネラリーフェは思うのだが、でも彼女はこのブルーケープを優雅に翻して歩くロイエンタールの颯爽とした姿が好きだった。
「ロイエンタール……」
思わず覆い被さってきたケープを抱き締め、コロコロと床を転げ回る。そうこうするうちに、ケープはヘネラリーフェの華奢な躰にまとわりつき、まるでケープだけが床の上をいざっているように見える有様になっていった。
ケープにくるまってコロコロ転がっていたヘネラリーフェの青緑色の双眸に涙が浮かんだのは、それから暫くした頃であったろうか。
急に『帰りたい』という想いが吹き出したのだ。
(何処へ?)
とも思う。
ヘネラリーフェは今、帰るべき場所にちゃんと存在しているのだ。
だが、胸の痛みは益々酷くなっていき、説明できない不安感で一杯になっていった。
***
帰宅したロイエンタールが、居間に入って来た途端、ギョッとしたのは、ケープが盛り上がった形で床に落ちていたからだろう。
「???」
疑問に思いながらも、だが不審物とも思えない。このマンションのセキュリティーは特Aランクなのだ。
優美な指でケープを掴み、そっと剥がしてみる。と、ブルーケープの下には、頬を涙に濡らして眠るヘネラリーフェが横たわっていた。
「リーフェ?」
呼び掛けてみるものの、返事はない。
(風邪がぶり返したか?)
思わず発熱していないか、額に手を当ててみる。が、どうやらその心配は杞憂に終わった。
「リーフェ、起きろ」
こんな所で眠っていると、また熱が出るぞ……
そう言いながら細い肩を揺り動かした所で、眠りの園から引き戻されたヘネラリーフェの青緑色の双眸が、涙を湛えたままボンヤリと開かれる。
「ロイエンタール、おかえりなさい」
ケープを躰にまとわりつかせたまま、ヘネラリーフェが嬉しそうにロイエンタールに抱きついてきた。
その彼女の頬をロイエンタールの指がツイっと拭う。
「?」
彼女は、どうやら泣いていたという自覚がないらしく、ロイエンタールの行為にキョトンとした表情をした。
「何を泣いている?」
「え?」
そう言われてみて、やっと自らの流した涙と、その訳に思い至ったヘネラリーフェの瞳から、再び涙が溢れた。
「帰りたいの」
(何処へ?)
「なんだかわからないけど……私は私のいるべき場所にちゃんといるのに、なんだか無性に帰りたいという気持ちで胸が一杯になって……」
ホームシックとは違う。だがシックリとくる言葉も見付けられない。
「どうしちゃったんだろう、私……」
胸が痛い……痛くて痛くて、苦しくて……
「ゴメンね……」
最愛の人の傍にいるのに、理由もわからず寂しさに涙を流すことをヘネラリーフェは謝った。
「謝らなくて良い」
お前は病人なんだ。だから少し心が弱っているだけ。
「誰にだって、心細くなることはある」
たとえ暖かな家庭の一員であったとしても、孤独を感じてしまうのが人間の弱さであり、そして強さなのだ。
「ロイエンタール……」
ヘネラリーフェはケープから薫るロイエンタールの匂いと、抱き締めてくれる彼の温もりの中で、涙を湛えたまま目を閉じた。その瞬間、頬を真珠のような涙が伝い落ちる。
ロイエンタールは、その美しく煌めく涙を端麗な口唇でそっと拭ってやった。
Fin
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*かいせつ*
『しつこいぞ!!』と、思われるのを承知で書いた、風邪ネタ『セーター』の続編(^^;;
ただ単に、ロイのケープにくるまって転げ回って眠るリーフェが書きたかっただけという安直なネタです(爆)
2004/02/20 かくてる♪ていすと 蒼乃拝