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このまま歩いて
 

旧門閥貴族軍の中から許されて迎えられて後、艦隊の再編や演習に忙殺される日々を過ごしていた中での久しぶりの休日、突然ファーレンハイトは漂う夢の中から離脱した。
(何時だ・・・?7時半・・・。なんだってこんな時間に。せっかくの休み一日寝てるつもりだったのに。)
ため息をつきながらもう一度、夢の世界に戻ろうかと水色の瞳を包むまぶたを閉ざしかけた時に、ふと、隣で眠っている存在に気がついた。
ほとんど黒に見えるダークブラウンの髪、まぶたの下に隠されている黒い濡れたような瞳。白く抜けるような肌に、桜色の唇・・・。
溢れるような光の中でゆっくりと見るのは久しぶりな事を思い出して、向きを変えるとじっと見つめる。
白くすいつくような肌、丸く柔らかい肩のライン、半ばシーツに隠されているなだらかに丸みを帯びた双丘が息づく。
昨夜、自分を熱く、柔らかく受けとめ、安らがせた場所。彼が何も恐れることなく憩える場所。
(今日はこのまま2人で夢の中にいるのもいいかもしれない・・・。)
だが、ファーレンハイトはほんのちょっと思案の眉をひそめたもののすぐにそれを開き傍らの彼女を揺り起こした。

「おい。起きろよ。アナベル。すごくいい天気だ。せっかくだから出かけないか?」
「なぁに?アル・・・・。休みだからゆっくり寝るんじゃなかったの?」
眠そうに目をこする姿に柔らかく笑いかけ、その頬に軽く唇を這わせると、彼はベッドから降り立つ。
「休みだから、お前と二人で出掛けようって思ったんだ。起きろよ。いっしょにランチ作ろうぜ。」

ホームコンピューターからいくつかの情報を選び取ると彼女の好きな紅茶でアイスティーを作るためにファーレンハイトは端末の前から立ちあがった。
「少し濃い目に作るんだよな。氷いれてアイスティーにするんだから。」
独り言のようにそう言い、口笛を吹くとキッチンにいる彼女に近づいた。
食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。
「うまそうだな。このまますぐにでも食べたくなっちまう。」
彼の好きなシュリンプのサンドイッチとあっさりとしたポテトのサラダと彼女の好きな具沢山のオムレツという簡単なメニューを作っている背後から、ひょい、と手を伸ばすと一口摘み取る。
「あ、行儀悪いわよ。帝国軍大将のくせに!」
「もう、食っちまったもんな。」
「子どもみたいよ。それに・・・。ん。なかなかいい味。」
ファーレンハイトの唇の端についた欠片を細い指先で掬い取って、その指先を舌先でペロリと舐めて彼女が笑った。

「ね。アル。今日はどこに行くつもりなの?」
助手席に乗ると、車の行く先を設定している彼にアナベルが首を傾げながら尋ねる。
「ん?それは到着するまでの楽しみにとっておけよ。」
そう言って水色の瞳に公務の際の彼しか知らない人間が見たら呆れかえるほどの穏やかな光を浮かべると、覗き込んでいる彼女の唇を素早くかすめるキスをする。
「やだ、もう。人のスキをつくなんてズルいわよ。」
ぶつ真似をするアナベルの拳を抱きしめる事で封じるとファーレンハイトは車を滑り出させた。

しばらくは何気ない会話が続いていた。
天気のこと、昔のこと、2人で応援していたフライングボールのチームのこと。
「だから、ね。アル。今度またお休みがあったら・・・」
そこまで声をかけたアナベルは、ファーレンハイトがうたた寝をしていることに気がついた。
彼自身は出征してないとはいえ、現在帝国軍はイゼルローン回廊へ出陣をしているのだ。
「叛乱軍」との戦いも終わったわけではない世情の中、帝国軍最高幹部の一人である彼の激務は見ているほうが辛くなりそうな時がある。
そんな中でのやっとの休みにこうして、自分を喜ばせるために疲れた体に鞭うっているのかもしれない。
(疲れてるのもわかってるのに、労わって休ませたいと思っているのに。結局、彼に甘えてしまう私ってヤな女なのかしら?)
頬にかかるプラチナブロンドをジャマにならない程度によけ、彼の体に後部座席に置いたショールをそっとかけるとため息をついた。

うたた寝から目を覚ますと体にかけられたショールに気がついたファーレンハイトはあたりを見まわした。
彼女の姿は助手席には見えない。いつのまにか目的地には着いていて、彼女は先に降りたらしい。
春の女神の裳裾の後のように小さな野の花が敷き詰める緑の野原をぼんやりと見つめる彼女の姿を見つけるとゆっくりと歩き出す。
「ここ、何もないのね。」
気配に気がついたのか振り向かないままで彼女が声をかける。
「何もないから来たんだ。お前と俺の二人きりになれるところだから。」
背後からアナベルを抱き締めると耳元で囁やくようにそう告げる。
ほんのわずかな時間、言葉もなくそうやって景色を見ていた。空と緑の中に2人きりで。
「運転したら疲れたかも。アナベル、あっちまで連れてってくれよ。」
そのまま全体重を預けるようにして、彼女を数歩よろけさせる。
「やだ、もうアルってば重い、重いってばぁ!!」
「さて、腹も減ったしもう少しあっちまで歩いたらメシにしないか?とっとと来ないと俺が全部食っちまうぞ。」
バスケットを抱え、魔法瓶をアナベルに軽く投げてよこすとファーレンハイトの体はもう走り出す。
「私のこと、ノロマって思ってるのね。負けないんだから!!」
彼女も声をたてて笑うと背中を見せて走り去る彼に追いつくために身軽に走り出した。

「いい天気になってよかったわね。温かくていい気持ち。」
ファーレンハイトの頭を膝に乗せて座るアナベルが空を仰ぎながらそう言うと笑った。
「あぁ。もう4月も半ば過ぎたからな。そろそろケンプたちがイゼルローンに着いた頃かもしれん。」
「そんな戦争してるなんて・・・・。こうしてるととても信じられないの。嘘みたいだけど。この青い空を見てると星なんかひとつも見えなくて
宇宙なんてないんじゃないかって。どこまでも青い空だけが続いてるんじゃないかって思うの。」
(青い空が続くだけなら、あなたは暗い宇宙に行かなくなるのかしら?)
「どこまでも続く青い空か。」
どこか自嘲でも混じっているかのような笑いをするとファーレンハイトは眩いのか目を細める。
「空の色はあなたの瞳の色だわ。だから、私は昼間の青い空が大好きよ。あなたがいない晴れた日はいつも空を見るの。
この季節の太陽は、とても柔らかい光で・・・・大好きよ。」
ほんのわずか訪れた沈黙。ファーレンハイトの水色の瞳にゆっくりと笑いが浮かぶ。
「じゃ、俺も俺の見てるものの話をするよ。」
そう言いながら彼は起き上がると、後ろから彼女を抱きよせると自分の胸にもたれかからせる。
「お前は俺の瞳が髪が羨ましいというけどな。俺はそんなお前の瞳も髪も愛しいと大事だと思ってる。」
ファーレンハイトの言葉にアナベルは首を傾げる。
その時に零れ落ちた豊かな髪の一房を指で弄びながら言葉を続ける。
「俺の髪を光の宿る髪といい、瞳の色を空だと言ったよな。自分が見上げて欲する色だと。」
そこまで言うと、彼は探るように腕に力をこめて彼女を抱き寄せる。
「人は休む時には必ずまぶたを閉ざす。そうするとどんなところでも闇に包まれる。目を開けたままでは眠れないから。
だから、お前の瞳は俺にとってそういうもんなんだ。そして、俺は宇宙(そら)に出る。星の大地で待っているお前のところに戻る事を欲しながらな。だから、お前のこの髪は・・・・帰りたいところ、帰るべきところの象徴なんだ。」

顔の表情を見せないためか、アナベルの頭を抱きしめてその髪に頬を預けるようにしてファーレンハイトは言葉を続ける。
「お前が空を見て俺を・・・思い出すというのなら、俺は宇宙に出ればいつもお前を思わせる闇の中にいる。広がりつづける闇は無限だから。
戦闘が始まればそこは光で満ちるがな。それどころか目を閉じるだけでも十分ということになる。」
(心安らがせる愛しき闇の腕(かいな)よ・・・)
目を奪うほどの、すべてを焼き尽くすほどの強烈な輝きではない、心まで覆うほどの深い闇ではない。
だけど、はかない光でも必ず影を生み出すように離れることのできないものは必ず存在する。
それが傍らに存在する事のかえ難さを抱き締めたい。
どちらからともなく近づいた唇がゆっくりと重なりあった。

「本当はね。悪いなって思ってたの。疲れてるの知ってるのに、私のために無理してくれてるって。」
彼女の急な言葉に手をつないで歩いていたのをふと立ち止まるとファーレンハイトは彼女の言葉を待った。
「でもね。もう考えない事にしたの。本当にそうしたくない時はアルはちゃんと言う人だし、そういうこと私が考えてて心から楽しめないとアルも楽しくなくなっちゃうでしょ?それに私、こうしてると本当に嬉しくて楽しいの。」
「アナベル。」
照れたように笑う黒色の瞳、彼が手に入れた幸福の全て。
「ね。このタンポポ。もう種になっちゃってる。」
繋いだ手をほどいた彼女がしゃがみこむと、細い指で綿帽子が壊れないようにそっと摘み取る。
彼女の唇から生まれた風がそっと風に乗せて遠くまで旅立たせる。
そんな彼女の姿にファーレンハイトは、彼女の幼い時の姿を重ね合わせる。
それだけの長い時間、ともにいた。そして、それがこれからも続くのだと、それを思うことだけで彼を心の底から温めるのだということを。

嵐の中のわずかな休息の時が静かに過ぎ去っていった。

 

~ENDE~


 

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ファー様、カッコイイ~~~~~(はぁと)
おまけに、最初から最後までラブラブで、読んでいる方までルンルン幸せになりそう♪

悠深さん、快気祝をありがとうございました☆(うるうる)
病気にもなってみるもんね~~(笑)
真っ青な青空の下でのピクニックってシチュにも萌え萌え~~(*^^*)

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