美しく逞しく
秋祭りの浮ついた雰囲気の中を、ヘネラリーフェはゆったりと歩いていた。ここ最近始めた夕刻の散歩で、特に用があって外にいるわけではない。
のんびりと角を曲がると、無礼講とは無縁のガラスの割れる音が響いた。
「待て!!」
聞き覚えのある声と共に、数人の足音がこちらに近付いてくる。
「どけ!!」
後ろから殺気を含んだ声がヘネラリーフェに掛けられる。
その途端、条件反射で、ヘネラリーフェは振り向きざま、無礼な口をきく相手の腹に回し蹴りをお見舞いしていた。
”ぐえ”という相手の悲鳴と共に、数人の男達に囲まれる。
だがヘネラリーフェの目は、更にその後ろから駆け付けてくる男達の姿を見ていた。
「お祭りを楽しむのは良いけど、無礼講と楽しむのとは意味が違うわよ」
ヘネラリーフェの後ろには男達から逃げてきた女性がガタガタと震えながら半ば倒れそうな案配で立っている。
「おい女!! 邪魔をすると怪我をするぜ」
「それはどうかしらね」
ヘネラリーフェは、後ろの女性に自分のはおっていたストールを頭から被せて路地に押し込むと、男達と対峙した。
「この野郎!!」
男達が一斉にヘネラリーフェに飛びかかる。
だが、ヘネラリーフェは夕日を浴びてキラキラ輝く琥珀色の髪をたなびかせながらヒラリヒラリと身をかわしつつ、男達を確実に倒していった。青緑色の瞳も鋭く輝く。
回し蹴りをお見舞いされた者数名、足払いで投げつけられて一本取られた者数名……
そうやって余裕の体でパンパンと誇りを払うように手を払っていると、また背後に人の気配を感じ、咄嗟に回し蹴りをお見舞いしようと相手の顔目がけて足を回転した。が……
「姫君、お御足が見えすぎです」
「あ……」
相手はなんとロイエンタールであった。しかも、足首をしっかり彼に掴まれている。ヘネラリーフェは、慌てて足を降ろした。
その後ろには、シェーンコップとアッテンボローが『やれやれ』といった表情で立っている。更にキルヒアイスまでいる始末だ。
ヘネラリーフェは、とりあえず路地に押し込んだ女性を呼ぶと、キルヒアイスの手に委ねた。
「とりあえず大公妃を人目につかないところへ……」
なんと、男達に追い掛けられていたのは、アンネローゼであったのだ。
そう言っておいてキルヒアイスとアンネローゼを拾った車に押し込むと、今度はロイエンタールと、そしてシェーンコップとアッテンボローに向き直った。
「相変わらず荒っぽいな」
「だから心配だったんだ、あいつらが殺されやしないかと」
三者三用のお小言。
「しょうがないでしょ(つーか、どういう意味よ、殺すって!!)」
大人しく暴力を振るわれたくはなかったし、大体、相手の心配をするってどういうことだ!?
「同盟軍人として放ってはおけないわ」
そう、ヘネラリーフェに痛めつけられたのは、全員同盟軍人だったのだ。
「とにかく、連行しよう」
ロイエンタールが言うのを、ヘネラリーフェは辞退した。
「連行はするけど、これは同盟のことだから、貴方は口を出さないで」
同盟の恥は同盟で処理する。
場所は帝国首都フェザーンだったが、だからこそケジメが必要なのである。
「このクズ達を始末したら皇宮へ伺うわ」
その旨を、貴方の口から皇帝に伝えて欲しいと言い残して、ヘネラリーフェは、シェーンコップとアッテンボローと共に、車を拾い、暴れた男達を連行していった。
***
夕刻、一仕事おえたヘネラリーフェが皇宮へ事情を聞きに現れた。
が、事情を聞くうち、ヘネラリーフェはクスクスと笑い出してしまった。
つまり、アンネローゼが、市井の女性達と同じように外に出てみたいと言い出したところから、この騒動がおきたというのだ。
絡まれた時、アンネローゼの傍にいたのはキルヒアイスだけであった。
敢えて護衛を連れていかなかったのだ。
そりゃそうだろう。そんなことをすれば、女性が大公妃だということがまるわかりである。
が、その所為で、キルヒアイス一人がアンネローゼを守ることになり、彼は咄嗟に彼女を逃がした所に、ヘネラリーフェが居合わせたのだ。
「大公妃殿下にキルヒアイス提督のみを護衛に付けたということは、私達は二人の仲を恋人同士と認めて良いのかしら?」
ヘネラリーフェが悪戯っぽく言うのに、皇帝ラインハルトは苦笑したが、否定もしなかった。
ともあれ、大切な姉を助けてくれてありがたいと、ラインハルトは、ヘネラリーフェ以下シェーンコップ&アッテンボローに感謝の意を伝えたのであった。
シェーンコップ達と別れたあと、ロイエンタールと帰りながら、ヘネラリーフェは呟いた。
「普通が一番よね」
いつまでも過去の傷を抱えて皇宮深く暮らすより、今日のように多少危険な目にあおうとも、外に出て普通に生活する方が幸せに決まっている。
特にキルヒアイスは市井に育った人間なのだから。
「そうだな」
と言いつつ、
「だが、公衆の面前で回し蹴りは止めて欲しいな」
軽く嫌味を言われて、ヘネラリーフェは苦笑しながら、ロイエンタールにキスしたのであった。
Fin
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*かいせつ*
おおいに元気なヘネラリーフェを書いてみました。
本では、街で大げんかするヘネラリーフェを書いたことがあったのですが、考えてみたら、ネットではなかったですよね。
それにしても、強者だ。というか、危険人物です(爆)
あと、キルヒとアンネローゼの関係もちょっとハッキリさせてみました。この二人のカップルもいずれ書いてみたいです。
2004/10/17 かくてる♪ていすと 蒼乃拝